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2019. 12. 13  
今週はアドベントの時、マラキ書3章を分かち合ってきました。

今日はマラキ3:19-24.旧約聖書の最後の預言です。


万軍の主は言われます。「さあ、見よ。審判の日が来る。燃え盛るかまどのような日が。

おごり高ぶる者、悪を行う者は、わらのように燃え尽き、根も枝もすべて焼き払われる。

しかし、我が名を畏れ敬うあなたたちには、義の太陽が昇る。

その翼にはいやす力がある。あなたたちは自由にされ、牧場に放たれた子牛のように喜んで飛び跳ねる。

わたしが備えているその日が来た時、あなたたちは神に逆らう者を踏みつける。彼らは足の下で灰になる。」


万軍の主は言われます。「わが僕モーセの教えを思い出せ。

わたしは彼に、あらゆる時代の神の民のために、ホレブの山で、掟と定めを与え、歩むべき道を示しておいた。

見よ。わたしは、大いなる恐るべき審判の日が来る前に、エリヤのような預言者を遣わす。

彼は父の心を子に、子の心を父に向けさせる。

わたしが来て、破滅をもってこの地を撃つことがないように。」


共に祈りましょう。

主よ、大いなる義の太陽が昇る時、その光のもとに喜び集う私たちでありたいと願います。今、悔い改めのとき、あなたの示してくださった命の道を選び取り、しっかりと、イエスに従い歩むことができるように導いてください。
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2019. 12. 12  
悔い改めをもって主の到来に備えるアドベントの時を過ごしています。今週は旧約時代の最後の預言であるマラキ書3章を、身近な言葉で分かりやすくお届けしています。

今日は、マラキ3:13-18です。

「わたしに対するあなたたちの言葉は、ひどいものだ」と主は言われます。

しかしあなたたちは言います。「何のことですか?何を言ったというのです?」と。

胸に手を当てて考えてみなさい。あなたたちはつぶやいているではないか。

「神に仕えることはむなしいことだ」と。

「たとえ戒めを大事に守ったとしても、万軍の主の御前に恐れをもって、身を慎んで生活したとしても、何かよいことがあるだろうか?」と。

「もうこれからは、『貧しい者は幸いだ』ではなくて、『高ぶる者は幸いだ』と言ってやろう。

悪を行っている者が栄えているのだから。神に罰せられるようなことをしているのに、逃げおおせているのだから」と。


その時、主を畏れ敬う者たちが互いに励まし合いました。主はその小さな声を、耳を傾けて聞いておられました。

そして、主を畏れる者のことが、またその名を尊ぶ者のことが、記録の書に書き記されました。

万軍の主は仰せになります。「わたしが備えているその日に、彼らはわたしの宝物となる」と。

「人が、自分に対して忠実な子のことをかわいいと思うように、わたしも彼らをかわいいと思う。

その時にはあなたたちは、正しい人と神に逆らう人、また神に仕える者と仕えない者との違いを、思い知ることになる」と。


共に祈りましょう。

主よ、私たちの心に巣食っている、やりきれない思いを見透かされているようです。主よ、あなたの宝と呼ばれたいと思いました。最後まで、命の道を外れることなく歩ませてください、


2019. 12. 11  
今日はマラキ3:6-12を、敷衍訳で分かち合いましょう。

「まことに、主であるわたしは変わることがない。あなたたちの先祖ヤコブとの間に結んだ契約は変わらない。

あなたたちは、ヤコブの子らであり、神の民であり続ける。そのことに終わりはない。

残念ながらあなたたちは、先祖の時代からわたしの掟を離れ、教えを軽んじて来た。

わたしのもとに帰ってきなさい。そうすれば、わたしもあなたたちのもとに帰ろう。

しかし、あなたたちは言っている。立ち帰ると言われても、何をしろと言うのですか?わたしたちは背いたことなどありません、と。

あなたたちは、偽ってなどいませんと言い張るだろう。しかし、あなたたちは偽っている。

わたしに収めるべき十分の一のささげ物を、偽っている。民全体で偽っている。

それゆえあなたがたは、呪いを受けている。

収入の十分の一のささげ物を、すべて倉に携えてきなさい。神殿に食べ物が十分にあるようにしなさい。

わたしを試してみるがいい。

わたしは、気前よくささげる者たちを、必ず豊かに祝福する。試してみなさい。

わたしはあなたがたのために、天の窓を開いて、受け止めきれないほどの祝福を、あふれるばかりに注ごう。

わたしが害虫や病害から守るから、収穫も多くなる。

諸国の民は、あなたたちを幸せな者と呼ぶ。あなたたちが喜びの国になるからだ。

これが、全能の主の約束です。」


共に祈りましょう。

主よ、アドベントのこの時、あなたへの信頼と服従を新たにさせられています。今、信仰告白の備えをしている者もいます。一人一人が、あなたとの関係を確かにすることができますように。






2019. 12. 10  
今週と次週と、マタイ福音書に記された洗礼者ヨハネにまつわる記事を分かち合い、アドベントを過ごしています。

洗礼者ヨハネといえば、旧約聖書の最後に記されたマラキ3章の預言が欠かせません。

今週は、リビングバイブルなどを参考にしながら、マラキ書の言葉を敷衍してお届けします。

マラキ2:17-3:5.

「あなたたちは、身勝手な言葉で主なる神を疲れさせているのです。それなのに、「主を疲れさせた?どのようにして?」と、わざと驚いてみせる。

「悪を行う者だって、神様には善しとされるから大丈夫」とか、「裁きの神なんてどこにいるの?そういうことは考えなくていい」とか、そういう言葉に、主なる神はがっかりしておられるのです。

聞きなさい。全能の神は言われます。『わたしはわたしが行く前に、使者(=洗礼者ヨハネ)を遣わして、道を備えさせます。

そののち、あなたがたが探し求めている救い主が、突如として神殿にやってくる。

彼は、契約を立て直す使者であり、あなたがたに大きな喜びをもたらす。必ず彼は来る。

しかし、彼が現われる時に、誰が生きていられるだろうか。彼の来る時に、誰が耐えられるだろうか。

彼は燃え盛る火のようだ。汚れた上着を白くしていく灰汁のようだ。

彼は銀を精錬する人のように、腰を据えて、不純物が燃え尽きていくのを、目を凝らして見守る。

神に仕えるレビ人らをはじめとして、共同体全体をきよめ、金や銀のように精錬して、きよい心で神の働きができるようにする。

そのときには、神の民がささげる供え物は、主に喜ばれるものとなる。

その時、わたしは裁きのためにお前たちに近づき、速やかに確実に行う。

罪のない人をあざむく悪者に、不品行な者と偽りの者に、労働者を不当な賃金で虐げる者に、未亡人や孤児を苦しめる者に、外国人をだます者に、わたしを恐れない者に、

わたしはただちに立ち向かう』と、主は言われるのです。


共に祈りましょう。

主よ、アドベントのこの時、わたしたちをきよめてくださって、主の到来に備えさせてください。

2019. 12. 06  
次主日に分かち合うマタイ3:1-12を読みながら、7節にある「差し迫った神の怒り」について考えていました。

「差し迫った」とは、「まさに来ようとしている、実現しようとしている」という言葉で、新改訳では「必ず来る」と訳してます。

ここのところ、地震が続いて、不穏です。

大きな地震が必ず来ると言われて久しいです。まさに、それが近づいているのではないかと感じます。

同じように、世界全体に恐怖の時が近づいているのではないかと、多くの人が感じている時代ではないかとも思います。

でも、災害や戦争があっても、それが真に恐ろしいことではありません。

恐らくそれらのことは、私たちの「罪がもたらす悲惨」であり、また同時に、神が私たちにブレーキをかけて悔い改めへと導くためにお与えになる「人類の試練」として、考えるべきでしょう。

まだそれらは終わりの時ではないと、イエス様もおっしゃいました(マタイ24章)。

本当に恐ろしいのは、それらの向こうに訪れる、終わりの時の裁きです。最後の審判です。

神を無視して悔い改めず、地上にあって滅びへの道を歩み続けた者たちは、そのまま永遠の怒りの炎の中にのまれていきます。


私たちキリスト者と自認する者は、どういう立ち位置から、このことを考えればよいでしょうか。

改めて自分の信仰と生活を問い直し、本当に私はキリストの命の道を歩んでいるのかと問う。

アドベントの時というのは、そのための絶好の機会として与えられています。

また、まだ救いを知らぬ方々のための、とりなしの祈りをなすべき時です。


共に祈りましょう。

主よ、アドベントのこのとき、悔い改めよとの声が心に響いています。私たちのために、神の怒りをすべて引き受けて下さった主イエスの十字架の救いに、ただ感謝を申し上げます。




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勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
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