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2020. 02. 25  
この数日、新型コロナウィルス感染拡大のニュースが駆け巡っています。

教会関係でも、様々な行事が開催中止になっていますが、この2,3週間は、感染拡大防止のためにできるだけ移動と集会を避けることが、社会的責任でもあると思います。

そういう中で、主の憐れみを乞い求めて、主日礼拝はなんとしてもささげ続けたいと願います。

ウィルスの目に見えない脅威に、人間の無力さということを改めて感じさせられています。

キリスト教会の一部の方には、これは中国や日本に対する神の裁きだと主張しておられる方もいるようです。

私は、そういう声には賛同しかねます。神の裁きということは、私たちが軽々しく口にしていいことではない。

ただ、このことも主の手の中にあることは事実で、そして、私たちに何かを考えさせ、立ち止まらせるために、この騒動もまた備えられたのだと信じています。

17年前、神学生時代に、安田吉三郎先生の説教を聞き、ウィルスの存在に目を開かれました。

「人間は科学を得て、自然を制圧したかのようにおごっている。でも、ビールス(※先生の独特の発音)の脅威を少しも克服できていない」と、語ってくださいました。預言者的な言葉です。

ちょうど先主日に、バベルの塔を建てようとした人間の過信と傲慢を見ましたが、そういうものが打ち砕かれていくようです。

見えないウィルスの力にさえ抗えない私たちが、見えない神の霊の力に、何の力も持っていないことは明白です。


ヨブ記の最後、42章のところで、ヨブはすべてを悟って、神の前でひざまずいて言いました。今日はその言葉を、私たちの祈りとしましょう。

「あなたは全能であり、御旨の成就を妨げることはできないと悟りました。

『これは何者か。知識もないのに、神の経綸を隠そうとするとは』、そのとおりです。

わたしには理解できず、わたしの知識を超えた、驚くべき御業をあげつらっておりました。

『聞け、わたしが話す。お前にたずねる、わたしに答えてみよ。』

あなたのことを、耳にしてはおりました。しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます。

それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し、自分を退け、悔い改めます。」


2020. 02. 12  
昨日は2月11日でした。毎年申し上げておりますが、この日は日本書紀にある神武天皇の即位の日であり、戦前の国家神道において「紀元節」と呼ばれていた日です。

ですから、私たちの教会ではこの日を「建国記念の日」としては認めず、「信教の自由を守る日」ととらえなおし、聖書において自らを啓示されるただ御一人の神様への信従を、改めて確認する時としています。

これは、かつて教会が犯してしまった偶像崇拝と戦争協力の過ちを、二度と繰り返してはならないという決意に基づくものです。

昨日も、その意識の下に各地で集会がもたれました。

東関東中会でも、TCU学長の山口陽一先生をお迎えして「キリスト教と象徴天皇制」との講演をいただきました。

現在の天皇制というのは、大日本帝国時代の時代にかなり強引にフィクションされた仕組みの延長線上にあり、うさん臭さの漂うものです。

しばしば申し上げますように、その仕組みは「天皇教」とでも呼ぶべき急ごしらえの新興宗教であり、これをもって国民を統合する宗教的基軸にしようとしたのです。

今は、天皇の人間宣言もありましたから、現人神と信じる人はいない・・・と思いがちですが、実際はどうでしょう。

年初の一般参賀の大行列などを見ていると、初詣の感覚なのだろうなと思います。神聖な天皇の前に出ると、心きよめられる思いがする・・・という感じかな、と。

そして、混乱の時代、不安の時代である現代において、「おやさしい天皇陛下」の存在を、なんとなく心のよりどころとして覚えている方が多いのだと思います。残念ながらキリスト教会にも、そういうことに無自覚の方が多くいます。

山口先生は言われました。

「まことの神も福音も知らない日本人にとって、天皇は誇りであり、アイデンティティーだろうと思います。頼りにしたい古からの伝統、誇らしい独特の文化だと思いたい気持ちは分かります。しかし、キリストの福音は日本の原罪的な支配を明るみに出すでしょう。」

大事なことは、まことの神と福音を伝えることです。

何より、私たち自身がその信仰にしっかりとどまり、正しい礼拝を絶やさないことです。


共に祈りましょう。

万物の支配者である主よ、あなたを知らぬままに、虚ろな偶像をよりどころとしているたくさんの人々がいます。主よ、憐れんでください。私たちを用いて、宣教の業を進めてください。今日もあなたを礼拝し、福音に生きる喜びを満たしてください。
2020. 01. 07  
年明け早々、イランのソレイマニ司令官殺害のニュースが流れ、アメリカとの実質的な開戦に心痛めています。

多くの方が不安を覚えて、祈っておられるのではないかと思います。

また昨日の新聞で、2016年に起きた相模原市の障碍者施設「やまゆり園」での殺傷事件の、植松被告の初公判の様子が知らされ、大変悲しくなりました。

その中で、彼がドナルド・トランプ氏に大きな影響を受けたと繰り返していると、知りました。

あまりにも分かりやすすぎる、マンガのようなことですが、本当にそういうことが起きているのです。

排外主義的な発言に、「真実が語られている。自分も真実を言っていいんだ」と思ったそうです。


今は、悪魔的な力が勢いを増している時代であることを痛感します。

先の主日に分かち合った創世記1章の言葉で言えば、「混沌」が顔を出しているのです。

人間を死とむなしさの暗黒に引きずり込もうとする「混沌の波」は、繰り返し襲ってきます。

しかし、神は「光あれ」と、その「混沌」を制する、根源的な命の光を与えてくださいました。

その根源的な光の中で、この天地は創造されました。

そして、どんなに闇が濃くなっても、この光は決して消えることなく、必ず朝をもたらします。

夕べがあり、朝があった。

絶望の夜がおとずれても、それで終わりではない。必ず朝が来る。この世界はそのようにできている。そして最後は、永遠の朝に至る。

そのように確認したのでした。


共に祈りましょう。

主よ、祈ります。我らの心の目を開いて、暗い世を照らす命の光を、どんな時も仰ぎ見させてください。どうか悪の力を打ち破って、あなたの愛と正義と平和の支配を打ち立ててください。主よ、私たちは祈り続けます。
2019. 12. 26  
今朝は大変寝坊をしてしまいまして、申し訳ありません。

次の主日は、今年最後の礼拝です。いろいろと祈って思い巡らした結果、「御心がなりますように」という祈りを分かち合いたいと思いました。

私たちが生涯で何千回と繰り返し祈ってきた「主の祈り」にも、この祈りがあります。

この祈りこそ、主の祈りの頂点であると言う人さえいます。

今日は、ハイデルベルク信仰問答の主の祈りの解説を確認しましょう。

問124 第三の願いは何ですか。答 「みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ」です。

すなわち、わたしたちやすべての人々が、自分自身の思いを捨て去り、唯一正しいあなたの御心に、何一つ言い逆らうことなく聞き従えるようにしてください、
  
そして、一人一人が自分の務めと召命とを、天の御使いのように喜んで忠実に果たせるようにしてください、ということです。
 
これが伝統的な解釈です。今この私たちの心が作り変えられ、御心に従って生きることができるように・・という理解です。

「自分自身の思いを捨て去り」とあるのが特徴的です。「我意を捨てる」との翻訳もあります。

この言葉を覚えたいと思いました。唯一正しい神の御心の前で、私たち人間の思いは、間違いだらけです。


共に祈りましょう。

主よ、自分自身の思いを捨て去り・・・そんなことができるのでしょうか。私にはできません。あなたの恵みによって、そのような私であらせてください。今日の日を、そのように生きさせてください。
2019. 12. 04  
昨日まで、三浦海岸での牧師研修会に行っておりました。

牧田吉和先生をお迎えして、「神の国の前衛としての説教と説教者―三位一体論的説教を求めて―」という主題で、学ばせていただきました。

無理を承知で、その要点だけをお伝えします。

牧田先生の神学の屋台骨は、「救いの歴史」という概念です。

天地の創造から終末の新天新地にいたる、宇宙論的な神の国の展開に思いをはせる、スケールの大きな神学です。それは、「改革派神学」の本流に沿うものです。

その「救いの歴史」は、三位一体の神の「語りの歴史」でもあります。

すなわち、「救いの歴史」とはいつでも、神の言葉が語りかけられることによって展開していく、そういう歴史であるということです。

その神の「語り」のひとつのクライマックスは、「神の言が受肉した(ヨハネ1章)」方であるイエス・キリストの到来でした。

あのキリストの到来とその生涯・教え、そして十字架と復活、これこそが「救いの歴史」の中心点です。

神はあの主イエスの言葉と行いを通して、この世界へのメッセージを語り尽くされました。

そして今や、キリストのからだとしての教会に、そのメッセージ=福音が託されました。

今や、キリストは、聖書を通して、教会が立てる説教者を用いて、聖霊において語られます。

これが、「説教」という営みです。

それは、「救いの歴史」を進展させ、神の国を完成へと向かわせるという、大いなる目的をもった神の「語り」です。

「説教」がなされる。それは、最新の神からの語りかけであり、「救いの歴史」の最新の1ページが開かれる時です。

それは、終末の新天新地を望み見させ、神の国を力強く形成していくことへと人間を突き動かす、そういう語りかけであるはずなのです。


共に祈りましょう。

主よ、アドベントのこの時、イエス・キリストが私たちのところに来てくださったことの喜びが胸に広がります。今、心身の弱っている者もいますから、王なるキリストの恵みの支配の下で安らわせてください。
プロフィール

茅ヶ崎の牧師

Author:茅ヶ崎の牧師
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