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2013. 11. 22  
今週は、天地を握る主の権威に、がむしゃらにすがりついた百人隊長の信仰に思いをはせています。

思い出したのは、マルコ9:14-29のくだりです。

悪霊により引きつけの病に侵された子の癒しを願う父は、イエス様にこう言いました。

「おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください。」

すると主は、お叱りになってこう言われました。

「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」

父親はすぐに叫んで言いました。「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」


私たちは・・・、どこかであきらめていたり、あるいは、祈りが叶えられないことで傷つくことを恐れてしまって・・・

「信じて主に願う」というシンプルなことに、集中できない時がありますね・・・。

でも、そんな私たちの心に信仰を生み出してくださるのも、また主の憐れみです。

必ず海を開き、道を開いてくださる主を、ただ信じぬく。今日もそこから始めましょう。

「信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。(ヘブライ12:2)」


共に祈りましょう。

主よ、信仰のないわたしを助けてください。世界のこと日本のことから、身の回りのことまで、内にも外にも不安があふれています。主よ、私の内に、真の信仰を作り上げてください。
2013. 11. 15  
私たちは、荒れ狂う海で揺れ動く、小さな舟に乗っているようだ。

それは本当に小さくて、笹舟に乗っているようだ・・と、ある方が言っておられました。

マルコ福音書4:35~41のくだりに、こんなやりとりがあります。

「激しい突風が起こり、舟は水をかぶって、水浸しになるほどであった。しかし、イエスは艫(とも)の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、『先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか』と言った。イエスは起き上がって、風を叱り、湖に『黙れ。静まれ』と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。イエスは言われた。『なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。』」

「なぜ何もしてくださらないのか!!わたしたちがおぼれてもかまわないのですか!!」

わたしたちも、こんな風に叫びたくなる時がありませんか・・。

でも、「なぜ信じないのか・・」とイエス様は言われます。

これは、「なぜ私の力を信じないのか」ということと同時に、「なぜ私の愛を信じないのか」ということでもあります。

主は、私たちがおぼれてもかまわないなどと、思っておられるわけがありません。

だから、恐れずにいきましょう。

笹舟のような小さな舟にも、力と愛に満ちた方が、一緒に乗っていてくださいます。


共に祈りましょう。

主よ、恐れと不安に心縛られてしまう私たちです。どうか、信仰を与えてください。地上のことばかり見てしまうこの目を開いて、あなたの力と愛を見させてください。
2013. 09. 26  
私は昨日、強く願っていたことがかなえられ、主に感謝をしています。

しかしそんな私にとっても、マルコ11:22-24は、イエス様から与えられた大きなチャレンジです。

「そこで、イエスは言われた。「神を信じなさい。はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。

だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。」


こういう言葉を前にした時に、私がイエス様に言いたくなるのは、「・・でも、かなえられなかった願いもたくさんあります・・・」ということです。

イエス様は、こんな風に言われるかもしれません。

「確かにそういうこともある。・・・でも、君は本当に、私のように神を信頼して祈ったのかと、考えてほしいのだ・・・」

私たちは誰一人、イエス様と同じだけの信仰と信頼を持っていません。

だから、イエス様に嘘つきだなんて言えないのです。

私たちは、神の偉大さを、まだほんのわずかも理解していません。

「神を信じなさい」

歴史上ただ一人、完全に神を知り、信じて生きられた方が、そのように教えてくださいます。


共に祈りましょう。

祈りを聴いてくださる主よ、あなたをほめたたえます。この私の不信仰を打ち破ってくださって、あなたが大いなる方であることを、もっと味わわせてください。山をも動かす信仰を与えてください。
2012. 12. 18  
今週は「地の塩、世の光」というテーマを深めていきましょう。

「塩は良いものである。だが、塩に塩気がなくなれば、あなたがたは何によって塩に味を付けるのか。自分自身の内に塩を持ちなさい。そして、互いに平和に過ごしなさい。(マルコ9:50)」


今日はとても不思議な夢を見ました。

その詳細は省きますが、その中で二人の著名な落語家から、説教のダメ出しを受けました。

「坂井牧師はいつも優柔不断だ。」「人間の方ばかり向いているからダメだ。」夢とはいえ、ショックでした。

これは、私自身がいつも自覚して注意していることでもありますが、「お前は塩気を失っている」との神様からの警告かもしれません。反省したいと思います。

しかし、そのことをよくよく踏まえた上で、なお私は、人間をもっと深く見つめたいと決意を新たにしました。

「神を知る者は、人間を真に知る。」この神学的信念を貫きます。

地上現実の苦悩や、罪人の弱さを一切考慮せずに、「それはダメだ!!こうしろ!!」と上から断言すれば、優柔不断だとは言われないでしょう。

そのような言葉は「塩」としては純度が高いかもしれません。でも、料理に用いて、よい味をつけることができるのでしょうか。私たちや、私たちの隣人の「生活」に、本当に深く染み入って、味をつけることができるでしょうか。

すみません、今日はちょっと的外れなメッセージになりました。ただ皆さんにも、このようなことをよく考えながら、「地の塩」として今日も生きてほしいのです。


共に祈りましょう。

主よ、私たちはあなたから目を逸らし、言い訳ばかりしている罪人であります。どうか赦してください。自分の内に塩をもつことができますように、聖霊の導きを与えてください。
プロフィール

茅ヶ崎の牧師

Author:茅ヶ崎の牧師
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