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2015. 12. 30  
私にとって2015年は、田中剛二牧師の説教の研究を始めた年として記憶されます。

録音音声を聴き、説教集を読み・・ということを繰り返してきました。

田中先生の真骨頂は、「終末の希望」を語る時の調子の高さです。

Ⅰテサロニケの4:13-5:11に、ぜひ読んで確認していただきたい、終わりの日の主の再臨の時についての教えがあります。

その最初に、こういう希望の言葉が教えられています。

「兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいてほしい。イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。(4:13-14)


「希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しむことがないように・・・」

田中先生は、このことを厳しく強調されます。

私たちは、イエスの死と復活において、このような大いなる祝福と光栄の約束と保証をもつ者として、希望を持って生きなければならない!!

けっして、「望みなき者」のごとくであってはなりません。

教会には、いつも、この望みが輝いていなければならないのです!!


それは、天の響きをもった言葉として、私の心に深くこだましています。


共に祈りましょう。

主よ、私たちの教会には、復活の望みが輝いているでしょうか。2015年を振り返り、自分たちの信仰をかえりみます。主よ、愚鈍な私たちの心をひらき、復活の希望、終末の希望をゆたかに仰ぎ見させてください。
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2014. 09. 23  
おはようございます。今日もさわやかな朝ですね。

今日は休日なので短く、最近キリシタンの歴史から学んだことを紹介します。

キリシタン用語で、お祈りのことを「オラショ」といいます。

これは、もともと「対話」という意の言葉です。

その当時の日本では、「祈祷」という言葉は、密教的な半狂乱の宗教儀礼を指しました。

ですから、そういう言葉を避けて、ポルトガル語をそのまま用いたのです。

お祈りとは、神様との親しい対話です。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。(Ⅰテサロニケ5:16-18)」


共に祈りましょう。

神様あなたは、私たちがお休みの時も、休むことなく、私たちのために働いていてくださいますから感謝します。

今日もあなたとの絶えざる対話へと、招いてください。心が沈んでいる人にも、祈りの平安がありますように。
2013. 10. 26  
今週は、実にたくさんの方々と祈りあうことができた一週間でした。

志を同じくする牧師たちと、祈りあい励ましあうことができました。

ある方とは、静かな祈りの時間を持ち、共に試練に向き合いました。

ある方とは、一人の方への配慮のために、祈りを合わせました。

私を励ますために、たくさんの方が祈ってくださいました。

娘も「パパがゆっくり休めますように」と祈ってくれました。

私も、たくさんの方のために祈った一週間でした。

そして、主の力と栄光があらわされることを願い、私たちを助けてくださいと、本気で祈った一週間でした。

この一週間を振り返りながら、今私は、この言葉をかみしめています。


「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。(Ⅰテサロニケ5:14-28)」


さあ今日も、共に祈りましょう。

主よ、この一週間を感謝します。あなたの大いなる慈しみの下で、兄弟姉妹と愛し合い、祈りあうことができる恵みを感謝します。どうか今日も、私の愛するすべての人々に、体と魂の慰めと平安がありますように。
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
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