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2015. 06. 02  
先主日の礼拝における子どもメッセージで、「礼拝は、おうちに帰る時だよ」とお話しました。

おうちに帰ってくる子どもたちを、父である神は、強く抱きしめてくださいます。

あの放蕩息子を、遠くから走りよって抱きしめた父親のように。

そうやって、抱きしめていただくことで、本当の自分の姿を思い出します。

神の目に映る自分の姿です。かけがえのない子として大切にされ、抱きしめられている自分の姿です。

だから私は、教会というおうちに帰ってきて、礼拝に出たいと思います。出てほしいとも願います。


礼拝の最後の「祝福と派遣の宣言」が、自分のよりどころだという人も少なくないでしょう。

「安心して行きなさい。強く雄々しくありなさい。恐れることはない。わたしたちの神である主が、いつも共におられます・・。」

これは、神様からの「いってらっしゃい」でもあります。

こういう祝福を受けて、おうちから送り出され、それぞれの働きに向かうのです。

「わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。(ヨシュア1:9)」


共に祈りましょう。

主よ、危険や誘惑に満ちた一日を、今日もお守りくださって、強く雄々しくあらせてください。あなたから与えられる出会いや、役割に、今日もよく取り組むことができますように。
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2014. 02. 18  
この日々の御言葉メールは、ブログにもなっていますので、過去1年半の記録も全部読むことができます。

見ていますと、選ぶ聖句に偏りがありまして、詩篇からが一番多いですね。

また、総じて新約聖書からが多く、旧約の、特に歴史書が少ないことが分かります。

早速改善ということで、今日はこれまで選んでいない、ヨシュア記を開きましょう。

「主の僕モーセの死後、主はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに言われた。『・・・一生の間、あなたの行く手に立ちはだかる者はないであろう。わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。強く、雄々しくあれ。・・・・わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。』」

ヨシュア記1章1-9節より抜粋しました。

礼拝で最後にさせていただく「祝福の宣言」には、この言葉が響いています。

強く、雄々しくあれ・・・。今日も主が共におられる。

モーセと共にいたように、ヨシュアと共にいたように、わたしはあなたと共にいる。だから、強く雄々しくあれ。

今日は、ただシンプルに、この言葉をいただきましょう。


共に祈りましょう。

主よ、励ましてくださってありがとうございます。今日も病と闘う者や、苦悩している若者や、・・・私たち一人一人すべての者が、あなたとしっかり向き合って、強く雄々しくあることができますように。

今日は神戸改革派神学校の入学試験日です。昨年証ししてくださった三川共基君も受験します。若者たちを祝福してくださいますように。
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勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
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