FC2ブログ
2014. 06. 04  
昨日に続いて、「唯一の神」ということを考えましょう。

聖書には、「唯一の」神だけを一途に愛しなさいと命じられています。

「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。(申命記6:4-6)」


これは、「絶対にあなたを幸せにする、わたしは裏切らない。だから、あなたもわたしだけを愛してくれ。」という、神様からのプロポーズです。

日本人は、特に日本の男は、そういう一途な愛を軽視する傾向にあるようです。

浮気の一つや二つは、かんべんしてよ。あいつは遊び、お前は本気・・。

そういう方はきっと、愛する喜びも、愛される喜びも、本当には知らないのでしょうね。
 
私たちはどうでしょうか?神様との関係で、そんなことをしてないでしょうか?

神はいつも、本気の、唯一の関係だけを望んでおられます。

本気で愛してみないと、愛される喜びも、いつまでも分からないものなのです。


共に祈りましょう。

私の唯一の神なる主よ、今日もあなたに愛され、あなたを愛する、一途な愛の喜びを教えてください。試練の中でも、愛の確信をもって、強く立つことができますように。
スポンサーサイト



2014. 06. 03  
誓約の6か条の学び、3回目です。

①その第一は、「あなたは、天地の創り主、唯一の生ける真の神のみを信じますか」

今日は特に、「唯一の」ということを学びましょう。

「世の中に偶像の神などはなく、また、唯一の神以外にいかなる神もいないことを、わたしたちは知っています。 現に多くの神々、多くの主がいると思われているように、たとえ天や地に神々と呼ばれるものがいても、 わたしたちにとっては、唯一の神、父である神がおられ、万物はこの神から出、わたしたちはこの神へ帰って行くのです。また、唯一の主、イエス・キリストがおられ、万物はこの主によって存在し、わたしたちもこの主によって存在しているのです。(Ⅰコリント8:4-6)」


「唯一の」と言う時、他宗教についてどう考えたらいいのか、難しい問題です。

私の祖父は、御岳山の山の神を信奉する御岳本教の指導者でした。熱心な祈りの人でした。

この祖父のことをどう考えたらいいのかと、洗礼を受ける前、牧師にたずねました。

「① 尊敬すべき宗教家として、今後も交流を深めてよい。」

「② しかし私たちの信仰からすれば、祖父の信仰は、間違ったものを拝み頼ってしまっている。その理解はしっかり保持し、願わくは彼がキリストに回心できるようにと願いなさい。」

こういう答えにひっかかりを覚える方もいるでしょうが、私自身はこの2つのことを聞いて、キリスト教への安心感を増した記憶があります。


ローマ・カトリックでは、どんな宗教も、結局は聖書の神を指し示していると考えるようです。

登り方は違っても、同じ頂上に着くという考えですね。魅力的ですが、聖書の教えとは違うようです。

たしかにみんな同じ頂上を目指しているかもしれないですが、頂上に辿りつけるルート(道)は、唯一のキリストの道しかないのです。

「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。(ヨハネ14:6)」


共に祈りましょう。

唯一の主キリストよ、あなたとの関係に招かれたことを感謝します。正しい道を知らないままに、懸命に生きておられる方々を顧みてくださり、命の道へと導いてください。
2014. 05. 13  
誓約の6か条の学び、2回目です。

①その第一は、「あなたは、天地の創り主、唯一の生ける真の神のみを信じますか」

「それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。 世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。(使徒行伝17:23-24)」
  
クリスチャンじゃなくても、なんとなく「神様」を覚えて、「知らずに拝んでいる」方は多くいます。

大事なのは、真に信頼に足るべき「生ける真の神」とは、どういう方かを、聖書から正しく知ることです。


聖書の神は世界の「創造者」であるということは、全キリスト教会が一致して告白する、根本的な信仰です。

まったく何もないところに、命を生み出すことができるのはこの方だけです。

神が、天と地の一切のものに、始まりを与えてくださいました。

地球も宇宙も、人間も動物も植物も、精神も物質も霊的存在(天使など)も、時間も空間も、すべては神に造られた「被造物」です。

それはすなわち、永遠・無限の神の前で、すべては限りある卑小な存在であるということでもあります。

だから「天地の創り主」以外のいかなるものも、真の信頼には値しません。


共に祈りましょう。

天地の創り主、唯一の生ける真の神よ、あなたに信頼いたします。あなたに不可能はありません。主よ、大いなる御手をもって、今日も私を支えてください。
2014. 04. 30  
これからしばらく、信仰入門の方々のために、洗礼志願者の6つの誓約事項を、いっしょに学んでいきましょう。

これまでのスタイルも時折交えながら、基本的には、6つのことを何度も繰り返していくことにします。

その第一は、「あなたは、天地の創り主、唯一の生ける真の神のみを信じますか」です。


コヘレトの言葉12:1に有名な言葉があります。「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。」

コヘレトは、日本人には共感を覚えやすいですね。神を見失った人生の空しさが、えんえん11章にわたって語られます。

しかし、最後の12章に至って、そのむなしい人生を意味あるものとする、唯一の原理を語ります。

それがすなわち、「あなたの創造主を覚えよ」ということです。

創造主がいるということは、私たちが生まれたのは、偶然ではないということです。

人知を超えた深いご計画と、愛情の中で、私たちは、創造主の御手により創りだされました。

もしたとえ、あなたの誕生が、あなたの親に望まれていなかったとしても、神はあなたの存在を、強く望んでおられました。

だから、あなたはこの世界に創造されました。

だから、あなたの存在には意味があります。生きる目的があります。神は特別な意図をもって、あなたを創りだされたのですから。

「創造主に心を留める」とは、そういう自分を大切にすることでもあるのです。


共に祈りましょう。

私を愛してくださる創造主よ、あなたによって用意されたこの人生に、今日も取り組みます。どうぞ、尽きせぬ恵みをお与えください。特に若い方々に、自分の人生の意味を深く悟らせてください。
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
カテゴリ
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR