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2012. 10. 12  
「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。(ヨハネ1:51)」

昨日の聖書に遊ぶ会で、この御言葉を分かち合いました。

イエス様という階段を通って、私たちは天に受け入れられるのです。

それは、あのステファノが殉教の死に際して垣間見た、完全な慰めでありましょう。

私たちも、死の時、そして終末の時に、そんな慰めの景色を見るのです。

でも、その時まで待たねば、これは見えないものでしょうか?

・・・そうではないはずですね。

すでに天は開かれているのです。目を開けば、いつでもそれは見えるはずです。


共に祈りましょう。

主よ、私たちの霊の目は、毎日の忙しさの中で鈍っています。不安によって曇っています。

どうか目を開いてくださって、天に結ばれている慰めに満たし、今日の日を生きていく静かな勇気を与えてください。
2012. 10. 11  
今週は、心の清い者の幸いを覚えています。

「神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます。罪人たち、手を清めなさい。心の定まらない者たち、心を清めなさい。(ヤコブ4:8)」

ヤコブの手紙は、いつもとても厳しく私たちの背中を押してきます。

昔はとても苦手でした。でも、聖書に親しんでいくにつれ、この厳しさのうちに神の慈愛が満ちていることに、だんだん気づいてきました。

神は、弱い私たちを「そのまま」で救ってくださいますが、ずっと「そのまま」でいさせてくださるわけではありません。

その人に合わせてタイミングよく背中を押して、しなやかで強靭な信仰者へと、責任をもって作り上げてくださいます。

さあ、いつまでも下を向いていないで、わたしに近づきなさい。

今日の、神からの招きです。

共に祈りましょう。

神よ、あなたは時にとても厳しく、私たちに信仰と悔い改めを求められます。子の成長を喜ぶ、父の笑顔を思い浮かべます。父よ、今日も力と勇気を与えて、一歩前に進ませてください。
2012. 10. 10  
今朝は詩篇73篇に聞きましょう。

「神はイスラエルに対して、心の清い人に対して、恵み深い。それなのにわたしは、あやうく足を滑らせ、一歩一歩を踏み誤りそうになっていた。(詩篇73:1-2)」

この詩篇は、神を畏れぬ者たちがこの世ではびこる現実にあって、信仰を保つことの難しさに直面している人のための歌です。

神を信じることはむなしいのか・・と、足を滑らしそうになることは誰にもあります。

でも、神はどんな時も変わらず、まっすぐに恵みを注いでくださっています。

心の清い人=まっすぐな心を与えられた人は、今日も、その恵みの世界を見るのです。

共に祈りましょう。

恵み深い主よ、信仰の弱い私たちを助けてくださり、まっすぐな信仰を与えてください。

苦しんでいる兄弟たちもいます。主よ、助けてください。わたしたちに、あなたの愛と恵みと祝福を豊かに味わわせてください。
2012. 10. 09  
「ただし見よ、見いだしたことがある。神は人間をまっすぐに造られたが/人間は複雑な考え方をしたがる、ということ。(コヘレトの言葉7:29)」

この言葉は、人間とはどういうものかを鋭く言い表しています。

複雑な考え方をしたがる。神様に屁理屈をこねては、まっすぐに神と向き合うことから逃げている。

この複雑さにこそ、私たちの罪が表れています。

神はシンプルです。

私はあなたを自分の瞳のように愛している。あなたのために独り子を与えた。私の思いはこれ以外に無い。

神はこのように、今日もいさぎよく、まっすぐに私たちに心を向けてくださいます。

共に祈りましょう。

私たちを愛してくださる主よ、複雑に考えて、どんどんと迷路にはまっていく私たちです。どうか今日シンプルに、あなたの愛だけを見つめて過ごすことができますように。あなたの言葉にだけ、聞き従うことができますように。
2012. 10. 06  
今週は、「憐れみ深い者の幸い」を覚えつつ、一人の兄弟の手術の無事を祈っての特別な一週間となりました。

主は、私たちの貧しい祈りにも耳を傾けてくださり、願っていたとおりにしてくださいました。

主の憐れみ深さを、強く印象付けられました。

手術当日、ある姉妹が、心配で落ち着かないと連絡をくださいました。

「私も落ち着きません。しかし、主は落ち着いておられることでしょう」とお答えしました。

自分でも、そんな言葉がすっと出てきたことに、不思議を覚えました。

そして、こんな御言葉を思い出しました。

「わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。キリストは御自身を否むことができないからである。(Ⅱテモテ2:13)」



共に祈りましょう。

主よ、われらの助け主よ、あなたの憐れみと慈しみに感謝します。昨日も今日も、明日も明後日も、永遠に変わることの無いキリストの真実を覚えて感謝します。

どうぞこの先も、私たちの兄弟を御手の守りのうちにおいてください。

明日、多くの者を御前に呼び集めてくださって、こぞってあなたを賛美することができますように。
2012. 10. 05  
「それで、イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で同じようにならねばならなかったのです。(ヘブライ2:17)」

イエス様は、憐れみ深い大祭司でいてくださいます。

つまり、私たちと神とを取り次ぎ、ご自分の命を生け贄とすることで、父なる神の怒りをしずめてくださった方です。

またヘブライ書によれば、この方は、私たちの救いの創始者です。

ご自分の死によって悪魔を滅ぼし、私たちを死の恐怖から解放してくださった方です。

そしてこの方は、私たちをご自分の兄弟と呼んでくださいます。

この方の命によって、今日も私たちは確実に生かされています。さあ、勇気を出しましょう。

共に祈ります。

憐れみ深い主よ、私たちの救いを全力で始めてくださったあなたが、今日もどこまでも憐れみ深く伴っていてくださることを信じます。

主よ、あなたの兄弟が、私たちの兄弟が、今日大きな手術に臨みます。どうか主よ、守ってください。
2012. 10. 04  
「ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱をした。(ルカ10:33-34)」

隣人愛の教えとして有名な「善きサマリア人」のたとえからの一節です。

ぼろぼろに傷つき果てたユダヤ人の旅人に、敵であるはずのサマリア人の旅人が深い憐れみを示す。

このたとえに触れる時、私たちもまた「善きサマリア人」であらねばと考えさせられます。

でもそれ以前に、実は私たちは、ぼろぼろに傷つき果てて、惨めに行き倒れるしかない旅人のほうなのです。

そんな旅人を憐れんでくださった方は、だれでしょうか・・・。

共に祈りましょう。

憐れみの主イエスよ、その父なる神よ。愛に傷つき、病に傷つき、世の悪に傷つき、自分の愚かさに傷つき・・、この傷つき果てている罪人を、どうか今日も憐れんでください。険しい人生の旅路を、今日も共に歩んでください。

手術を控えている兄弟を、またその御家族を、深く憐れんでください。無力な者たちを、あなたがふさわしく介抱してくださることを信じます。
2012. 10. 03  
「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦しあいなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。(コロサイ3:12ー14)」

今日から一人の兄弟が入院されます。兄弟のため、また支える御家族のために祈りましょう。

御家族が、この試練にあって、愛というきずなを強くすることができますように。

私たちみんなが、この祈りの輪において、愛というきずなを強くすることができますように。

私たちは、一人のキリストのもとに集められ、一人の父に愛されている神の家族です。

共に祈りましょう。

父よ、あなたに愛されていることを今日も誇りに思います。そしてあなたに与えられた私の家族を誇りに思います。

私たちが、今祈りにおいて、互いを思いあい、いよいよ一つのキリストの体となっていくことができますように。

どうか主よ、兄弟とその御家族を不安から守り、すべてのことをよく導いてください。
2012. 10. 02  
明日から入院され、心臓の手術をお受けになる一人の兄弟のために、今週は祈りを集めましょう。

主がこのことを通して、御自身の栄光を表してくださると、私たちは信じます。


今日は、主イエスに癒された人々の、「憐れんでください」との祈りを覚えましょう。

「イエスがそこからお出かけになると、二人の盲人が叫んで、『ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください』と言いながらついて来た。イエスが家に入ると、盲人たちがそばに寄ってきたので、『わたしにできると信じるのか』と言われた。二人は、『はい、主よ』と言った。そこで、イエスが二人の目に触り、『あなたがたの信じているとおりになるように』と言われると、二人は目が見えるようになった。(マタイ9:27-30)」

私たちもまた、神の大いなる恵みの世界を十分に見ることができていない盲人たちです。

でも主イエスは、そんな私たちの貧しい信仰に応え、圧倒的な癒しの業によって目を開いてくださいます。

「ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」

「わたしにできると信じるのか」

「はい、主よ」

「あなたがたの信じているとおりになるように」

共に祈りましょう。

憐れみの主よ、あなたを信じます。すべてを癒し、赦し、直し、新しくしてくださる、あなたの全能の御力を、今日も私たちにお示しください。あなたの大いなる憐れみを、はっきり悟ることができますように。

手術を控える兄弟がいます。どうか主よ、わたしたちを憐れんでください。
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茅ヶ崎の牧師

Author:茅ヶ崎の牧師
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