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2013. 02. 14  
有名な「善きサマリア人(ルカ10:25-37)」のたとえは、「敵を愛する愛」の教えです。

半殺しにされたユダヤの旅人を、敵対関係にあったサマリア人が介抱するという話です。

このたとえ話の後でイエス様は言われました。

「だれが追いはぎに襲われた人の“隣人になった”と思うか。」

だれが「私の隣人」なのか、はじめから分かっているわけではありません。

「私」が、だれかの「隣人になる」ことで、はじめて「私の隣人」は誕生します。

だれかを「私の隣人」とするか、「私の敵」とするかは、「私」次第です。

今日も私たちは、色んな人と共に生きます。生きざるを得ません。

考えの合わない人、孤立している面倒くさい人、まったく話が通じない人・・・。

イエス様は問われるのでしょう。「誰がその人の隣人になるのだろうか・・?」


共に祈りましょう。

愛なる父よ、愛なるイエスよ、聖霊において、私たちのうちに愛を満たしてください。敵であった私たちのそばに駆け寄り、隣人となってくださったイエス様の愛を、私たちに満たしてください。行って同じことができるように、私たちを愛で満たしてください。
2013. 02. 13  
昨日、北朝鮮の核実験がなされたとのニュースがありました。

かの国が、いよいよ袋小路にはまっていきます。

このような動きを受けて、日本でもなし崩し的に、国のかたちが変えられていきます。

軍備うんぬんもそうですが、思想統制によって、北朝鮮と同じような国に逆戻りすることが、何よりも気がかりです。

今日は祈祷会です。参加できない方も、平和と自由のために祈ってください。


このような時に、私たちが聴くべき言葉として、Ⅱテサロニケ3:14-15をお届けします。

「もし、この手紙でわたしたちの言うことに従わない者がいれば、その者には特に気をつけて、かかわりを持たないようにしなさい。

そうすれば、彼は恥じ入るでしょう。

しかし、その人を敵と見なさず、兄弟として警告しなさい。」

悪はしっかり糾弾し、相手を恥じ入らせねばなりません。

しかし、「敵」ではなく「兄弟」として、どこまでも愛によって向き合うのです。


共に祈りましょう。

平和の主よ、天地万物の創造者、あなたの全能の御力を信じます。主よ、この時代を憐れんでくださり、為政者たちを御心にかなう者として作り変えてください。私たちに、平和を実現する知恵と力をください。

2013. 02. 12  
今週は「あなたの敵を愛しなさい」との教えが与えられています。

昨日、私ども日本キリスト改革派東関東中会の「平和の集い」がありました。

憲法を変えようとする自民党の野望は、もはや実現寸前であるとの報告がされました。

憲法については皆さんにも様々な考えがあることでしょう。

お考えがどうであれ、これまでとまったく違う国になるという認識は持つ必要があります。

一つは、戦争ができる国になるということです。

自国だけで、東日本震災の150倍の死者を出した敗戦の後、もう私たちは、ふつうの国ではない特別な理想に生きようと、平和憲法が採択されました。

今や、もう戦争ではなにも解決できない時代です。

もし中国と戦争になれば、両方とも滅びることでしょう。

地球の資源がもうほんの少ししか残ってないのに、互いに軍備を増強しあって何をしているのでしょうか・・。

聖書は伝えます。「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。(Ⅰペトロ3:9)」


共に祈りましょう。

主よ、あなたの愛の教えをこの世界に広めてください。私たちの心に満たしてください。私たちの国も隣の国々も、様々な思惑に動きを縛られ、袋小路へと追い詰められようとしています。主よ、どうか私たちの時代を憐れんでください。
2013. 02. 09  
今週も今日まで歩んでくる中で、たくさん傷つけられた方もいらっしゃるでしょう。

「悪に報いたい、と言ってはならない。

主に望みをおけ、主があなたを救ってくださる。(箴言20:22)」


主に望みをおけ、という勧めが印象的です。

目を高く上げられる思いです。

誰かにこんなこと言われた、あいつにあんなことされた・・・

あるいは、差別や貧困、隣国の横暴といったことまで・・・、私たちが気にしている「悪」はたくさんありますが、

まず、主を見上げ、主に望みをおくことを、忘れないようにしましょう。

明日は礼拝の日です。主を見上げねば、私たちは地上の悪に埋もれていきます。


共に祈りましょう。

主よ、誰かの悪意にさらされている人がいましたら、どうかその心を守ってくださって、あなたに望みをおかせてください。主よ、悪をそのままにはしておかれない、力あるあなたを信頼します。
2013. 02. 08  
「『この方は、罪を犯したことがなく、その口には偽りがなかった。』

ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。

そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。

わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。

そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。

あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、

魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです。(Ⅰペトロ2:22-25)」


これもまた、レ・ミゼラブルを見ながら思い起こしていた御言葉です。

「この方」とはイエス・キリストです。

ジャン・バルジャンは、銀の燭台を与えてくれた司祭を通して、このイエス様の愛を知り、傷つき果てた魂が「いやされました」。

そして、そこから彼自身が、イエスのように生きる新しい命へと、突き動かされていったのです。


共に祈りましょう。

主よ、今日私たちが傷つく時、キリストの愛によって癒してください。今、傷つき倒れている兄弟姉妹がいましたら、キリストの愛によって癒してください。そして願わくは、キリストの命を満たし、イエス様のように生きることができるようにしてください。
2013. 02. 07  
「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる、と書いてあります。

『あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。

そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる。』

悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。(ローマ12:19-21)」


昨日レイトショーで、話題の「レ・ミゼラブル」を観てきました。

たくさんのことを考えさせられながら見ておりました。

とりわけ、今日の御言葉を、何度も思い返させられた映画でした。

ジャン・バルジャンとジャベール警部という「敵」の関係。

しかし、彼らは本来、互いを憎みあう必要などない、同じ種類の人間なのだなと思いました。彼らは裏と表です。

私たちもみな、それぞれの的外れゆえに、憎みあわなくてもいいはずの者たちが憎みあうという、やりきれない惨めさの中にいますね。


共に祈りましょう。

主よ、私たちにも会いたくない「敵」がいます。憎しみを抱いてしまいます。主よ、どうしてこんな思いをしなければいけないのでしょうか。主よ。私たちを憐れんでください。今日一日、復讐の心を取り除いてください。

2013. 02. 06  
今週は、「悪人に手向かってはならない」とのイエスの教えに深まっていきます。

そういう教えに反発するような、信仰を見失った人々の声が詩篇に残されています。

「見よ、主に逆らう者が弓を張り、弦に矢をつがえ、闇の中から心のまっすぐな人を射ようとしている。

世の秩序が覆っているのに、主に従う人に何ができようか。(詩篇11:2-3)」


「心のまっすぐな」信仰者を、闇の中から狙っている「悪人」がごろごろしています。

まさに「世の秩序が覆っている」と言うしかない、罪の極まった時代に私たちは生きています。

そんな中で、悪に悪を返すのでなく、善と愛をもって対処しなさいというのが主の教えです。

これは、正気で従える教えではありません。

悪人を正しく裁き、また作り変えていかれる主の愛に、ただひたすら信頼する。

この、狂気なほどに大胆な信仰を持ちつつ、同時に蛇のように賢く慎重にありたいものです。


共に祈りましょう。

支配者、裁き主なる主よ、あなたの力及ばぬところはなく、すべての「悪」もあなたが必ず治めてくださると信じます。今日一日、私たちを悪人の手からお守りください。私たちが、誰かにとって悪人とならないように正してください。
2013. 02. 05  
私たちの今週の歩みはすでに始まっております。

配信メンバーの中には、新しいことにチャレンジしている方々もいます。

またお一人の姉妹は、今日新居に引越しされます。

それぞれに日々に懸命に取り組みながら、様々な不安や疲れを覚えている私たちです。

神様は、こんな御言葉をくださいました。

「あなたの重荷を主にゆだねよ、主はあなたを支えてくださる。

主は従う者を支え、とこしえに動揺しないように計らってくださる。(詩篇55:23)」


先日、東関東の青年会役員会で、一人の姉妹がこの御言葉にまつわるエピソードを語ってくれました。

就職活動中で不安だった時に、与えられた御言葉だそうです。

この言葉によって本当に「心が軽くなる」ことを実感したそうです。

皆さんの心も軽くされ、高く高く上げられていきますように。

愛する主よ、私たちにあなたは見えませんが、あなたは今日も私たちを見ていてくださいます。あなたに信頼し、重荷をゆだねさせていただきます。お父様、揺れ動く私たちを、今日もしっかり支えていてください。
2013. 02. 02  
「互いにうそをついてはなりません。

古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、造り主の姿にならう新しい人を身に着け、

日々新たにされて、真の知識に達するのです。(コロサイ3:9-10)」


互いにうそをついている、私たちの現実をかえりみさせられた一週間でした。

そんな現実を開き直ることはできますが、後ろめたさを覚えるのはなぜでしょう。

今日一日、自分が着ているのはどんな服か、改めて考えて見ましょう。

はだかの王様は、「うそ」でできあがった服に身を包み、本当は不安で仕方なかったことと思います。

私たちはどうでしょうか。

造り主の姿にならう新しい人=イエス・キリストという、新しい服が用意されています。

古い服を脱ぎ捨てて、胸を張って歩みだしませんか。


共に祈りましょう。

憐れみ深い主よ、偽りだらけの古い私たちを殺し、新しい命をはじめさせてください。真実の救い主イエス・キリストに導かれ、真実に一途にあなたを愛し、あなたの教えに生きることができますように。
2013. 02. 01  
偽りに満ちた、軽薄で不必要な言葉ばかりがあふれている、罪人の現実について、今週は考えさせられています。

特に、私たちの生きている現代電脳社会においては、その罪は深まっています。

でも、それではいけないと、みんなどこかで思っているのです。

(何も考えてなさそうと大人は思うかもしれませんが、若者たちも同じです。)

真実な言葉がほしい。

生きる意味を教え、魂に根源的な光を注いでくれる、そんな言葉がほしい・・・。

人間は、有史以来、ずっとそんな言葉を求めて生きているのです。

教会が伝えてきたイエス・キリストの福音は、そんな「真実の言葉」です。

「『キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた』という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。(Ⅰテモテ1:15)」


共に祈りましょう。

主よ、偽りに満ちたこの世界の中で、信じるに足る言葉を与えられた恵みを感謝します。聖書に示されたキリストの福音、キリストの教え、キリストの生涯を通して、今日も私たちの道を照らし、真実な生活をなさせてください。
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
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