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2013. 04. 30  
今週は「御心がなりますように」との祈りに深まっていきましょう。

私たちの願いや計画ではなく、神様の願いや計画こそが実現していきますように。

「御心がなりますように」とは、そういう祈りです。

このように祈るのは、神をとことん信頼しているからです。

神は決して悪いようにはなさらない。

私の小さな願いをすべて知った上で、願っている以上のことを必ず備えてくださる。

今日も私たちは、この信仰によって生きるのです。

「主に信頼し、善を行え。この地に住み着き、信仰を糧とせよ。
主に自らをゆだねよ、主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
あなたの道を主にまかせよ。信頼せよ、主は計らってくださる。(詩篇37:3-5)」


共に祈りましょう。

主よ、私たちはあなたに信頼をおきます。今日も最善を備えてください。どうか霊の目を開いてくださり、今日与えられるすべての出来事の中に、あなたの御心を悟ることができますように。
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2013. 04. 27  
今週も今日まで生かしていただきました。

特に、悲しみと疲れを覚えている方々のことを覚えております。

先の見えない不安や、いつまでこんな日が続くのかと滅入っている方々もいらっしゃるかもしれません。


ある姉妹が、そんな闇の中でこの言葉に出会ったそうです(ホームページ「わたしを支える言葉」より)。

「泣きながら夜を過ごす人にも、喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる。(詩篇30:6)」


十字架の立ったゴルゴタの丘は、まだ昼なのに暗い闇に包まれました。

そしてイエスは墓に葬られ、暗い墓穴の中で、二度も夜を過ごされました。

しかし、父なる神は、朝の光とともに、主イエスをよみがえらせたもうたのでした。

私たちにも、必ず朝が与えられます。


共に祈りましょう。

主よ、今暗い夜を過ごしておられるお一人お一人に、命の朝を迎えさせてください。今日の一日を守り導いてください。

願わくは、明日、主のよみがえられた日曜日に、多くの方々とともに、喜びの歌を歌うことができますように。

2013. 04. 26  
おはようございます。今日も神を見上げて生きましょう。

N姉が腰の具合が思わしくなく、一ヶ月の休養が必要とのことです。

仕事のストレスによる精神的な疲れも大きいようです。お祈りください。

また、親族の別れに直面して、死の現実をつきつけられている兄弟姉妹もいらっしゃいます。

その他の皆さんも、いつも「死にさらされて(ローマ8:36)」生きておられることでしょう。


最近私は、犬の散歩をしながら聖書の朗読を聴いています。

いろんな祈りを抱えながら聴いていましたら、よく知っているはずの御言葉が、深い慰めの響きをもって耳に飛び込んできました。

Ⅰコリント15:50-55のくだりです。

皆さんにも新しい慰めが与えられれば幸いです。

「わたしはあなたがたに神秘を告げます。わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません。わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。

・・・この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります。

この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。

『死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。』」



共に祈りましょう。

復活の主イエス・キリストの父なる神よ、今日も私たちを復活の希望によって生かしてください。朽ちていく体を抱え、疲れ、苦しみあえぐ私たちの心に、復活の希望を満たしてください。今、悲しみの中にある方々に、この復活の希望の慰めが届きますように・・・。
2013. 04. 25  
日曜日のメッセージは、イエスを信じる者は死んでも生きる、でした。

終わりの日の栄光の体への復活は、私たちの究極の希望です。

この希望に支えられながら、苦悩の現在においても、何度でも立ち上がるのが私たちです。

イエスを死からよみがえらせたまうた全能の神の力が、この私をも、いつも希望の中に呼び覚ましてくださると信じます。

クリスチャンは、2000年の間、この信仰によって精一杯生きてきたのです。

Ⅱコリント1:8-10に残された、パウロの証しに聴きましょう。

「兄弟たち、アジア州でわたしたちが被った苦難について、ぜひ知っていてほしい。わたしたちは耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました。わたしたちとしては死の宣告を受けた思いでした。

それで、自分を頼りにすることなく、死者を復活させてくださる神を頼りにするようになりました。

神は、これほど大きな死の危険からわたしたちを救ってくださったし、また救ってくださることでしょう。これからも救ってくださるにちがいないと、わたしたちは神に希望をかけています。」


共に祈りましょう。

主イエスをよみがえらせたもうた全能の父よ、今日も大いなる力によって、私たちに最善を備えてください。生きていく力をください。今、危機の中にある方々を、どうか救ってください。
2013. 04. 24  
ホームページに「わたしを支える言葉」というコーナーを設けました。

皆様の声を少しずつ紹介していきたいと思っています。

ある姉妹は、Ⅱテサロニケ5:16-18の有名な言葉をあげてくださいました。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」

このような命令形はきつい印象がありますが、ユダヤ人の感覚では違います。

むしろ、親が子を抱きしめながら、「大丈夫、大丈夫」と、あたたかく語りかけている絵をイメージしてください。



「わたしは86年間あの方に仕えてきましたが、あの方がわたしを苦しめたことなど一度もありません。」

これは、ポリュカルポスという殉教者が、背教を迫るローマ総督に言った言葉です。

そうです、主は、決して悪いようにはなさいません。

だから、いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。


共に祈りましょう。

愛する主よ、暗く長いトンネルの中でも、あなたを見上げる心をください。希望の光を見てとる、霊の目を開いてください。この惨めな心に、喜びと祈りと感謝を満たしてください。
2013. 04. 23  
おはようございます。ここ数日、リジョイスの執筆を兼ねていましたので、ずいぶん長くなってしまっていました。

また来週はレビ記をさせていただきますが、今週は元通りにしましょう。


毎朝、皆さんの顔を思い浮かべながら、御言葉を取り次いでいます。

4月から大学に入学した方々もいらっしゃいますが、疲れが出てくる頃でしょう。

なかなか礼拝に来れない方々のことも、主がとらえていてくださいますように。

今、クタクタになってしまっている方にも、主の言葉が届きますように。


私たちの希望の源は、主イエスの復活です。

死に打ち勝たれたキリストの復活の力が、今日も私たちを覆っています。

Ⅱコリント4:8-10、14「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰らず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打倒されても滅ぼされない。わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています。イエスの命がこの体に現れるために。・・・主イエスを復活させた神が、イエスと共にわたしたちをも復活させ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださると、わたしたちは知っています。」


共に祈りましょう。

主イエスを復活させた大いなる父よ、どうか今日も私たちに希望を与えてください。今心沈んでいる方々、疲れ果てている方々にも、復活の希望の光を注いでください。
2013. 04. 20  
「雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた。モーセは臨在の幕屋に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。(出エジプト記40:34,35)」

臨在の幕屋がいよいよ完成した時、不思議な「雲」があらわれて「主の栄光が幕屋に満ちた」と言われます。

こうして、生ける神がこの幕屋におられるということが、明らかに示されたのです。
 
私たちは霊的に暗く、日常生活においては、どこにでもおられるはずの神を見失いがちです。

だから神の方で、幕屋という特別な出会いの場を設定してくださいました。

「わたしが生きていると確認したければ、いつでもここに来なさい」と。

教会という場も同じです。

明日は日曜日。日常から一時逃れ、兄弟姉妹と共に教会に集って、神の臨在を確認しましょう。

それが私たちの生きる力の源です。

「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。(マタイ18章20節)」


共に祈りましょう。

主よ、今週もあなたはずっと共にいてくださったことを思い返しています。そのあなたのことを忘れ、見失っていた私を赦してください。主よ願わくは、明日多くの兄弟姉妹と共に、あなたが生きておられることを確認し、勇気を得ることができますように。 
2013. 04. 19  
「モーセがそのすべての仕事を見たところ、彼らは主が命じられたとおり、そのとおり行っていたので、モーセは彼らを祝福した。(出エジプト記39:43)」

35章からずっと、幕屋建設の準備が進められています。

掟の箱、机、燭台、祭司の衣装などが次々と作り上げられていきます。

面白いのは、これらの作業はすべて、先に25~31章に示されていた設計図とぴったり一致していることです。

神様の立てられた設計図に忠実に従い、「命じられたとおり、そのとおり」行ったのです。

思い出すのはノアの姿です。「ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした(創世記6章22節)」。

世の声に惑わされず、神の命じられるがままに、愚かなまでに従順に生きた人ノア。

イエス様もまた、神に命じられるがままに十字架にかかり、この不従順な私たちのために命の道を開いてくださいました。

では、私たちは・・・。今日、どのように生きましょうか。


共に祈りましょう。

愛する主よ、あなたに従おうとしない私のかたくなさを、打ち砕いてください。人から侮られようと、愚か者と呼ばれようと、ただ不器用に神を愛し、人を愛し続ける。そういうものに、私はなりたいのです。
2013. 04. 18  
「モーセは、ベツァルエルとオホリアブ、および主から心に知恵を授けられた、心に知恵のあるすべての者、すなわち、心動かされたすべての者をこの仕事に従事させるために呼び集めた。(出エジプト記36:2)」

幕屋の建設に際して、特に重要な役割を担ったのが「心に知恵のある者」と呼ばれた人々です。

それは「名人、熟練した人」のことであるとも理解できます。

しかし「知恵」とは、そういう名人芸のノウハウということだけにとどまりません。

「心に知恵のある者」とは、すなわち「心動かされた者」であるとも示されています。

彼らは、「あなたたちの中で生きる」と名乗り出てくださった神の熱情に、心動かされた人々です。

神への愛と畏れと、尊敬と熱心を掻き起こされた人々です。


「主を畏れることは知恵の初め」との箴言1章7節の言葉は有名です。

いつも神への畏れとキリストへの愛をもって仕事にあたり、どうすれば神に喜ばれるかと真剣に考えながら、丁寧に一歩一歩を刻んでいく人の仕事ぶりは、おのずと人間にも好感を得ることでしょう。

そんな職人・名人となるべく、今日もそれぞれの仕事や家事や学業に励みたいですね。


共に祈りましょう。

主よ、今日も私たちそれぞれに与えられている現実の学びや労働において、あなたの栄光をあらわし、あなたのすばらしさを証しすることができますように。
2013. 04. 13  
「心動かされ、進んで心からする者は皆、臨在の幕屋の仕事とすべての作業、および祭服などに用いるために、主への献納物を携えてきた。(出エジプト記35:20)」

出エジプト記の35章からは、「幕屋」の建設が始まります。

幕屋というのは、携帯用・巡回用の神殿です。

「わたしのための聖なる所を彼らに造らせなさい。わたしは彼らの中に住むであろう。(出エジプト25:8)」と、神様は指示されました。

神自ら、私たちの中に住むために工夫し、ご自身を差し出してくださるのです。

この神の思いに「心動かされ」た者たちが、幕屋を作り上げるために進んで献納物を差し出します。

金・銀・宝石、鮮烈なレッド、ブルー、パープルの糸・・

まことにカラフルな、それぞれに神から与えられた、色とりどりの賜物を差し出して、神の住まいを作り上げようとするのです。

私たちもまた各々の個性あふれるカラーを合わせ、色彩豊かな信仰共同体を作り上げていきましょう。

今や建物ではなく、キリストにおいて一つとされた私たちこそが、神の住まいとされるのです(エフェソ2章21,22節)。


共に祈りましょう。

主よ、今週も今日までの歩みが守られて感謝します。愛する兄弟姉妹にも、あなたは必要を備えてくださったことを信じます。私たちが今キリストにおいて心を一つにして、あなたに住んでいただくにふさわしい、豊かな信仰共同体となることができますように。
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
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