FC2ブログ
2013. 07. 17  
今日からK姉が入院されます。大きな手術を控えています。癒しをお祈りください。

*********
昨日に続き、ヴァンダーウェル牧師の黙想集を手がかりに、御言葉を選びました。

旧約聖書ゼカリヤ書2:12の言葉です。

「・・・あなたたちに触れる者は、わたしの目の瞳に触れる者だ。」

この言葉は、敵国に蹂躙され、大きな困難を経験した旧約の神の民に告げられたものです。

彼らは神を疑い、自分は見捨てられていると、絶望を覚えていました。

しかし、そうではないとゼカリヤは告げました。

神は決して忘れてなどおられない。神が忘れることなどありえない。

神はわたしたちのことを、ご自分の「目の瞳」のように、大切な、守るべきものと思い続けておられるのです。

ヴァンダーウェル牧師も神を疑い、絶望を覚えました。

でも、この言葉に出会い、自分は「神との特別な関係」にあることが分かりました。

それは彼にとって「最も深いところでの安全な経験」だったそうです。



共に祈りましょう。

主よ、あなたが今日も、私たちを大切に扱ってくださっていることを感謝します。大いなる主よ、今日の一日を、平安で満たしてください。

今弱さと不安を覚えている方々を、あなたのもとにある人知を超えた平安へと導いてください。
2013. 07. 16  
ガンという病からの癒しを経験したヴァンダーウェル牧師による、「病みつつ、祈りつつ」という黙想集があります。

その中で、こんな御言葉が差し出されていました。

「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。(エレミヤ29:11)」


これは、ヴァンダーウェル牧師の友人が、彼に携えてきてくれた、御言葉の贈り物だそうです。

彼ははじめ、友人は健康であるのに自分はそうではないという理由で、この言葉を受け入れることに困難を覚えたそうです。

でも、時が経つとともに、この贈り物が自分にとってかけがえのないものとなっていきました。

「わたしはあなたのために、平和の計画を立てている。」

「わたしは、あなたの思いを超えた、あなたの将来と希望を創造する。」

この神の約束が、彼に希望を与えました。

人間を立たせるのは、神への信頼と希望です。

「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。(ローマ12:12)」


共に祈りましょう。

私たちに最善を備えてくださる主よ、あなたの平和のご計画の中で、今週も生かしてください。今、病を得ている方々と、それを見守る方々に、あなたが希望を与えてください。今、様々な試練に直面している方々に、あなたが希望を与えてください。
2013. 07. 13  
週の最後に、日曜日に与えられた御言葉を振り返りましょう。

「自分の命を愛する者は、それを失うが、自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。(ヨハネ12:25)」

「自分の命を憎む」とは、「地上的な生活・人生を、自分の関心の中心に置かない」ということでした。

代わりに、神を中心に置く。道・真理・命であるイエス様を中心に置く。

この言葉は私たちに、ある覚悟を求めるものであることは、疑えません。

すべてを捨てても、自分の十字架を負ってイエスに従う覚悟です。

しかし、それ以上に大切なことは、主が私たちの目を開こうとしておられることです。

永遠の命の世界の、広さ、高さ、大きさ、豊かさを見つめるようにと。



首から下が動かせない障害者である星野富弘さんの作った、次の詩は有名です。

「いのちがいちばんだと思っていたころ、生きるのが苦しかった。いのちより大切なものがあると知った日、生きているのがうれしかった。」

クリスチャンである彼にとって、「いのちより大切なもの」とは・・・、言うまでもありませんね。

永遠の命の希望を、しっかりとその手につかみましょう。

その時、今日与えられた一日が、昨日よりも輝きだします。


共に祈りましょう。

主よ、今週の私たちの歩みを、永遠の希望によって照らし続けてくださったことを感謝します。主よ、この鈍った目を開いてくださって、永遠の命の喜びで満たしてください。

今、大きな手術を控えている者もいます。弱さを覚えている者たちがいます。主よ、その心を高く引き上げてください!!
2013. 07. 12  
12人の使徒の中で一番若かったヨハネは、一番長生きした使徒でもあります。

最晩年には、口を開くたびに同じことばかり繰り返していた。

ただ「神は愛なり」と繰り返していた・・・、そんな伝説があります。

神は独り子を与えてくださったほどに私たちを愛してくださった。

わたしたちも、神を愛し、互いに愛し合おう。

その愛の道だけが、神の目に永遠に価値あるものであり、その道は永遠の命に通じる。

ヨハネが伝えた福音は、そういう実にシンプルなものでした。

そのことを思いながら、以下の言葉を味わってください。

あなたたちの愛するべきは、地上の事柄ではないはずだよと、老ヨハネが静かに教えてくれています。

「世も世にあるものも、愛してはいけません。世を愛する人がいれば、御父への愛はその人の内にありません。なぜなら、すべて世にあるもの、肉の欲、生活のおごりは、御父から出ないで、世から出るからです。世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。しかし、神の御心を行う人は永遠に行き続けます。(Ⅰヨハネ2:15-17)」



共に祈りましょう。

主よ、愛なる主よ。あなたの愛の中で、今日も目覚めさせられました。そのことがうれしいです。私もあなたを愛します。あなたに与えられた、すべての隣人を愛します。兄弟姉妹のために祈ります。主よ、愛の道を歩ませてください。

2013. 07. 11  
今週は永遠の命の希望に支えられながら、現在を生きることの大切さを学んでいます。

こういう言葉もあります。

「愛する人たち、あなたがたに勧めます。いわば旅人であり、仮住まいの身なのですから、魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい。また、異教徒のあいだで立派に生活しなさい。(Ⅰペトロ2:11,12)」

私たちの地上の人生は、天の故郷に向かって歩み続ける長い旅路です。

日本人は、「旅の恥はかき捨て」といって、旅先ではやりたい放題という感覚の人が多いです。

東南アジアなどで回春ツアーをする恥ずべき人たちもいます。

そういう旅先での振舞いによって、日本人の評判はずいぶん下がりました。

私たちは、天国人として、誇り高く歩みましょう。

長い長い旅路は続きますが、信仰と希望と愛を、どんな時も失わず。


共に祈りましょう。

主よ、あなたが終わりを与えてくださるその時まで、私たちの旅路を、いつも支え導いてください。今日も、旅先で立派に振る舞い、あなたの栄光をあらわすことができますように。

今弱さを覚えている者たちも、永遠の命の希望によってしっかり立ち、天国人として誇り高く、さわやかに歩むことができますように。


2013. 07. 10  
7月に入って急に暑くなりましたから、ご年配の方々の健康を心配しています。

私を含めた若い者には想像できない、肉体的負担があることでしょう。

そのような肉体的な「老い」は、心にむなしさをもたらすこともあるでしょう。


有名なヨブ記の中で、ヨブが苦難の日々の中で、こんな言葉をしぼりだしています。

「人は死んでしまえば、もう生きなくてもよいのです。苦役のようなわたしの人生ですから、交替の時が来るのをわたしは待ち望んでいます。(ヨブ14:14)」


今、このようにして、苦しくむなしい地上の人生から解き放たれたいと、ひそかに願っている方もいらっしゃるかもしれません。

私たちにとって、この地上での人生は、それ自体が神から与えられた訓練の時です。

永遠の生活に備えるための準備期間であり、試合前の練習期間です。

それは、神が「もうよい」と言われるまで、自分でやめることのできないものです。

その時が来るまで、つらいですが、生きて、神の栄光を表しましょう。

訓練の日々は、永遠の喜びによって報われます。


共に祈りましょう。

永遠の主よ、若い者にも老いた者にも、この日を生き抜く力と勇気をください。今苦しんでいる方々が、永遠の命の希望に励まされて、心を高くあげることができますように。
2013. 07. 09  
今週は、永遠の命を見つめて生きることの喜び、慰めに深まっていきたいと思います。

フィリピ書3:18-20にこんな言葉があります。

「何度も言って来たし、今また涙ながらに言いますが、キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いのです。彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、この世のことしか考えていません。しかし、わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。」

昨日テレビを見ていたら、ここで言われている愚かな「彼ら」のような人たちのことを知りました。

テキサスセブンといって、刑務所から脱獄した7人の凶悪犯です。

彼らは周到な計画をもって脱獄を図りますが、あろうことか、その決行前夜にみなで心を合わせて神に祈ります。

神よ、私たちがこの試練を超えて、希望の世界へ出ることができますように、と。

彼らはいったい、何に祈りをささげたのでしょう・・・?

それは、決してまことの神ではなく、彼らの「腹=欲望」という偽者の神です。

「この世のことしか考えない」彼らは、この世においても結局死刑となりました。

その後、本当の悔い改めが与えられればいいのですが・・・。

今日も、永遠の世界である「天」を望み見て、まことの神の御心を求めて歩んでいきたいですね。


共に祈りましょう。

天にましますわれらの神よ。この朝、私たちの心を高く引き上げてくださり、あなたのおられる天を見つめさせてください。そして、天に国籍をもつ天国人として、この地上の人と、違いを生み出す歩みをなさせてください。

2013. 07. 06  
週の最後に、信頼の詩篇に聞きましょう。

詩篇46篇です。

神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。
苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。
わたしたちは決して恐れない
地が姿を変え
山々が揺らいで海の中に移るとも
海の水が騒ぎ、沸きかえり
その高ぶるさまに山々が震えるとも


この詩篇を読むと、あの3.11の大震災を思い出します。

その時、仙台教会牧師であり大会議長であった吉田隆牧師は、全国の教会にメッセージを発信しました。

今まさに私たちには、この信仰が問われています。

山々が揺らいで海の中に移るとも、主に信頼して恐れない。

この信仰に、今こそ立つべきですと、仙台の地から力強く伝えてくださいました。

神は言われます。

「力を捨てよ、知れ。
わたしは神。
国々にあがめられ、この地であがめられる。(詩篇46:11)」

神が力ある神であることを、神ご自身が、必ず今日も明らかにしてくださいます。


共に祈りましょう。

力ある主よ。信仰薄き者たちをおゆるしください。どうか、この貧しい者たちの心に、恐れにまさる確信を与えてください。主よ、今日もあなたの御力をお示しください。
2013. 07. 05  
色んな方々のことを思い浮かべながら、朝を迎えました。

主に示された御言葉は、ルカ22:31からの、イエス様の言葉です。

「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

よく知られているとおり、ペトロはこの後、主を三度否み裏切ることになります。


私たちにも、小麦のようにふるいにかけられて、主との関係を見失ってしまいそうな日々があります。

心が揺さぶられ、神もイエスも、すべてが嘘のように思う時があります。

ただ日々が空しく、悲しく、つらく思えて仕方ない時があります。

そういう時に、主は何もしてくれないで、私たちをしばらくそのままにしておかれることがあるのです。

その時間が、私たちに必要だからです。

ペトロにも、主を否んでしまった経験が必要でした。真の悔い改めのために。

そして主は、実は何もしてくれていないわけではないのです。

信仰がなくならないように。あるいは、この人にやがて信仰が与えられるようにと、どんな時も祈っていてくださいます。


共に祈りましょう。

主よ、深く大きなあなたのご計画の中で、今日も私たちに必要なすべてを与えてください。あなたを信じて生きることの喜びを、豊かに教えてください。







2013. 07. 04  
旧約聖書に記された最大の救いの出来事は、エジプト脱出です。

主は、海を二つに分けて、道を開いてくださって、イスラエルの人々を逃れさせてくださいます。

でも、海に追い詰められたイスラエルの民は、まさかそんな奇跡が起こるとは考えることができず、パニックに陥りました。

そんな民に対して、モーセが語った言葉を、心に刻みましょう。

「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。あなたたちは今日、エジプト人を見ているが、もう二度と、永久に彼らを見ることはない。主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。(出エジプト14:13-14)」


「主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」

この言葉を信じましょう。

ピンチには、誰でも心騒ぎパニックになります。それが、ふつうです。

でも、私たちはもう、ふつうの人ではないのです。

救い主なる神に愛されている、神の民なのです。


共に祈りましょう。

主よ、あなたは大いなる方。海原を切り開き、山を砕き、死の向こうに命を創造される方。あなたの手の中に、わたしの今日一日が、しっかりと握られていることを信じます。主よ、どうか私のために戦ってください。
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
カテゴリ
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR