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2013. 09. 14  
週の最後に、日曜日に与えられた御言葉をもう一度思い返してみましょう。

「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気付かないのか。(マタイ7:3)」

目の中に丸太があるという、ありえない異常事態が起こっているのに気付かない。

これは、自分の根源的な病である罪の問題に、向き合おうとしない人間の愚かさを示しています。

そうやって、自分のことはさておき、人の悪や過ちばかり気にしては裁いている。

それではいけない。人の罪ばかり見ていては、自分の罪が見えなくなる。

自分の罪を、もっと深く見つめなさいと、イエス様は教えてくれました。

そんな教えのもとに、今週の歩みを振り返ってみましょう。


・・・でも、自分の罪深さに絶望してはいけません。

そんな自分の赦しのために、十字架にかかってくださった方の、愛の光の下に集ってください。

悔い砕かれた心には、いつもよりもじんわりと、赦しの愛が染みるはずです。


共に祈りましょう。

愛なる主よ、自分自身を見つめるとき、あなたに赦していただかねばならぬ者であることを、強く思わされるこの土曜日です。あなたの赦しの愛で満たしてください。
2013. 09. 13  
昨日、何人かの方々からメールの御言葉への応答をいただきました。

一人の方は、悔い改めが与えられたことを報告してくださいました。

何も感動を覚えなくなってしまっていた「神の憐れみ」という言葉が、深く胸に迫ってきた・・・

この憐れみにあずかる喜びをもって、新たな思いで残りの生涯を歩みたい・・・、そんな決意を強く感じさせられました。


私は昨日のメールは、皆さんに送るべきか否か最後まで迷いました。

皆さんの中には、この言葉の厳しさに悩んでしまう方がいるかもしれないと考えたからです。

しかし、これは今週私たちが聞かねばならぬ言葉であると確信して、皆様にお送りしました。

この御言葉は悲しみを与えるかもしれない。でも主は、そんな悲しみを通して、私たちを悔い改めに導かれます。

そして悔い改めは、これまでのすべてを覆すような、まことの信仰の喜びの世界を開いてくれます。

皆さんには、その喜びを味わってほしいのです。

皆さんの地上の生涯が、あと一年だとしても、一ヶ月だとしても、一日だとしても、この喜びをしっかり味わってから、天へと旅立ってほしい。

私は牧師として、ひたすらそのことを祈っているのです。

「あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、わたしは後悔しません。・・・たとえ後悔したとしても、今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。・・・神の御心にかなった悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。(Ⅱコリント7:8-10)」


共に祈りましょう。

主よ、私たちをまことの信仰の喜びへと導いてください。若い方々に、年老いた方々に、求道の友に、また慣れきってしまった者たちに、イエスを信じ従う道の感動を、豊かにお与えください。
2013. 09. 12  
今週の日曜日は、「自分が見えていない人の悲しさ」という説教題でした。

私たちは、自分が神の赦しを必要とする罪人だということが、まだほとんど分かっていないのでしょう。

私たちは、自分が十字架で死んでいただくほどの憐れみを必要としているとは、実はほとんど思っていないのではないでしょうか。

主は、そんな私たちの心の扉を叩き、もっと神と自分に真剣に向き合えと招いておられます。


ヨハネ黙示録3:14~21を読みましょう。

アーメンである方、誠実で真実な証人、神に創造された万物の源である方が、次のように言われる。

「わたしはあなたの行いを知っている。あなたは冷たくもなく熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであってほしい。

熱くもなく冷たくもなく、なまぬるいので、わたしはあなたを口から吐き出そうとしている。

あなたは、・・・自分が惨めな者、哀れな者、貧しい者、目の見えない者、裸の者であることが分かっていない。

・・・・・

わたしは愛する者を皆、叱ったり、鍛えたりする。だから、熱心に努めよ。悔い改めよ。

見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。



共に祈りましょう。

主よ、今日私たちに改まった思いを与えてくださって、あなたと向き合い、自分自身を見つめる時間をください。そして私たちが、あなたに赦された喜びの中で、新たな熱い日々を始めることができますように、信仰を励ましてください。
2013. 09. 11  
昨日のユースミニストリーの授業で、大変興味深いデータを教えていただきました。

2006年の調査で、中高生を対象に「自分には価値がある」と答えた人の割合は、アメリカ人51.8%、中国人49.3%に対し、日本人は8.8%でありました。

他にも「自分に満足している」や「計画を成し遂げる自信がある」などの問いに対しても、ほぼ同様のデータが出たようです。

あまりにも低すぎる日本人の自己肯定感です。

経済的な停滞、そこからくる閉塞感。心病み疲れ、誇るべき仕事をすることができず・・

そんな中で、若者は自信と自己愛を失い、未来に絶望していきます。


でも、どうか皆さんには、たかが経済ごときでガタガタしない、根源的な、本当の自信をもっていただきたいのです。

私たちに必要なのは、まず徹底的な罪の自覚です。

神の前で、どうしようもなくダメで、弱くて、無力で、愛を裏切ってばかりの自分を、深く見つめるのです。

でも、神の愛は、その罪人の私をまるごと包んでくださるのです。

この徹底的に罪人である私が、徹底的に愛されています。この私のために、神は独り子イエスの命さえ与えてくださったのです。

この、徹底的な神の愛の確信こそ、本当の、揺らぐことない自信と自己愛を育みます。

「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする。(イザヤ43:4)」

私たちはこの神の言葉をしっかり受け止め、これを伝えねばなりません。


共に祈りましょう。

この私を愛してくださる主よ、今日もあなたに愛されている私自身を、私も心から大切にいたします。今、自信を失い、自分を愛せなくなっている方がいれば、どうかその心の空洞を主の愛で満たしてください。


2013. 09. 10  
ユースミニストリー(中高生に仕えること)の授業を聴講しています。

こんな宿題が出ています。「若いんだから、色んなことを体験してみてもいいじゃないですか」という声に、どういう風に答えてあげますか。


もちろん、色んな体験をなさるといいでしょう。人間としての幅が広がります。

放蕩息子のような、若気の至りからの過ちを体験することで、初めて悔い改めを知ることもしばしばです。

しかし、だからといって、そういう悪い体験まで肯定するわけにはいきません。

肯定してしまうなら、もはや若者は、自分のあるべき姿を見失ったまま、永遠の滅びに一直線です。

聖書には、こう書いてあります。

「どのようにして、若者は歩むべき道を清めるべきでしょうか。あなたの御言葉どおりに道を保つことです。(詩篇119:9)」

アダムの時からいつも、人間にとって悪魔の誘惑は神様の声より魅力的で、常識的で、有益で、正しいルールであるように思えます。

でも人間の正しい取り扱い説明書は、私たちの創造主だけが知っておられます。

水をかければテレビが壊れるように、聖書の御言葉に従わないなら、人間も壊れるのです。

創造主の「御言葉どおりに道を保つ」時に、私たちの人生は輝きだします。

そんな風に、私たちは創られているのです。


共に祈りましょう。

主よ、悪魔の声に引きずられてしまう私たちを赦してください。その呪縛から救い出してください。聖書に示された、あなたのルールに従って生きる喜びを、今日も豊かに教えてください。

2013. 09. 07  
神戸の訓練会から昨晩戻ってきました。今回は、信仰教育ということがテーマでした。

牧師は、愛する群れの一人一人がキリストに向かって「成熟」するように、助け励まさねばなりません。

また皆さんも同様に、自分の近くの誰かに対して、そのような働きをすることが求められます。

私たちの存在は、周囲に対して非常に影響力の大きいものであることを、自覚せねばなりません。


そして「頭・心・手足」とバランスよく育たねば、健全な「成熟」ではありません。

「頭の成熟」は、正しい救いの知識の獲得です。

知識がなければ、誤った教えに翻弄されます。

「心の成熟」は、神の愛に心震わされ、感動することです。

感動の後押しが、成熟のエンジンになります。

「手足の成熟」は、行動の変化です。

キリストを知ることによる心の変化は、行動の変化を必ずもたらすはずです。


少し長いですが、エフェソ4:13-15の御言葉を分かち合って終わりましょう。このような「成熟」が与えられることを祈り求めつつ・・・。

「こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。

こうして、わたしたちは、もはや未熟な者ではなくなり、人々を誤りに導こうとする悪賢い人間の、風のように変わりやすい教えに、もてあそばれたり、引き回されたりすることなく、むしろ、愛に根ざして真理を語り、あらゆる面で、頭であるキリストに向かって成長していきます。」


共に祈りましょう。

主よ、今週も今日までわたしたちを、成熟へと導いてくださって感謝します。この小さな者を、頭・心・手足において大きく育み、キリストの香りをはなつことができるようにさせてください。


2013. 09. 04  
再開したばかりですが、明日明後日はまた神戸で訓練会があり、お休みさせていただきます。

****
今朝は箴言4:23-27の教えに耳を傾けましょう。

何を守るよりも、自分の心を守れ。
そこに命の源がある。
曲がった言葉をあなたの口から退け
ひねくれた言葉を唇から遠ざけよ。
目をまっすぐ前に注げ。
あなたに対しているものに
まなざしを正しく向けよ。
どう足を進めるかをよく計るなら
あなたの道は常に確かなものとなろう。
右にも左にも偏ってはならない。
悪から足を避けよ。

わたしたちには時に、自分の心を見失ってしまいそうな、危機がおとずれます。

なにもかもうまくいかず、恨み言やぼやきしか口から出てこない・・。

自分など死んでしまったほうがいいと、言ってはならないことを考えてしまう・・。

そしてやぶれかぶれになって、神の道から離れていく。もうどうなってもいいと、すべてを投げ出してしまう・・。

でも、箴言の教えは、そういう私たちを厳しく戒めます。

何を守るよりも、自分の心を守れ。

どのようにして守るか?それは、主としっかり向き合うことによってです。

目をまっすぐ前に向けよ。そこにどなたがおられるか?

あなたを愛して愛しぬいておられる、十字架の主イエスがおられます。

この方が、お前はそんなひねくれた道を歩んでいていいような安い人間ではないのだと、教えてくださいます。

お前は、高価で尊いのだからと。


共に祈りましょう。

主よ、今日もわたしたちの心を守ってください。十字架で死ぬほどに愛していただいた、この身の大切さを見失わないでいさせてください。そして、誇り高いキリストの道を、正しく歩ませてください。
2013. 09. 03  
一ヶ月ぶりの配信再開です。昨年の9月から開始して、ちょうど一年にもなりました。

新たな思いで、また御言葉をとりつがせていただきます。

*****
今週は「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」との御言葉が与えられました。

「何よりもまず」第一に、神との正しい関係の確立ということを、心の中心に置く。

そうすれば、生活に必要なものは加えて与えられると言われます。

実際、神との関係をがっちり確立して、神に愛されているという確信と平安に満たされている人は強いです。

どんな苦境でも、主により頼み、屈することありません。

これは本当に、驚くほどです。

とはいえ、そのような信仰は、なかなか持てるものではありません。

このような信仰は、自分の強い意志でひねりだすものではありません。

祈りによって、神から与えていただくものです。

詩篇86:11にある祈りにならいましょう。

「主よ、あなたの道をお教えください。わたしはあなたのまことの中を歩みます。御名を畏れ敬うことができるように、一筋の心をわたしにお与えください。」


共に祈りましょう。

主よ、信仰の弱い私たちに、信仰の醍醐味を教えてください。何よりも必要な「神の国と神の義を求める一筋の心」を、私たちに与えてくださって、まだ知らない信仰の喜びを教えてください。
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
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