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2016. 05. 13  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。4回目です。
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1517年に宗教改革の火ぶたを切りましたマルティン・ルターという人は、自分自身の魂の深い闇の中で、イエス・キリストの「福音」によって変えられた人であります。

ルターの時代が暗かったわけでは必ずしもありません。むしろ、その逆でした。

多くの人々はこの世の事柄に明け暮れて、教会などに行きませんでした。また、行く必要も感じていませんでした。

他方では、教会はその絶大な富と権力の上にあぐらをかいて、聖職者たちは欲望を満たすために信徒たちを食い物にし、形だけの無意味な礼拝がささげられていました。

けれども、華やかな世界とは裏腹に、底知れない不安や恐れ、孤独や貧困、抑圧や暴力によって傷ついた無数の魂が、教会の外にはありました。

皆さん!!、今日の社会と一体どこが違うと言えるでしょうか。それはまるで悪魔が支配しているかのような世界でした。

そのような中でルターは、聖書と必死になって格闘しました。

そうしてついに、この世には決して見出すことのできない、まるで天からの光のような神の言葉の真理に出会ったのです。

それが、万物の審判者なるイエス・キリストが、私を裁き滅ぼすというのではなく、救ってくださるのだという「福音=よき知らせ」でした。

それは、悪魔の業をこっぱみじんに打ち破る圧倒的な神の喜びの力、死の不安や滅びへの恐れから私たちの魂を永遠に解き放つキリストの命の力でありました。

罪人のために神の御子が十字架で死んでくださったという、この神の愛の事実を、私たち罪人が全身で受け止めること。

自分の罪に死んで、悔い改めて、キリストと共に新しい命に生きること。

それこそが、あらゆる人間に神がお与えくださった喜びの知らせなのだということを、ルターは見出したのでした。(つづく)



共に祈りましょう。

主よ、今朝も「福音」の喜びを、この体と魂に注いでくださってありがとうございます。ルターが見出すことのゆるされた光を、私たちにも、見出させてください。今、私たちは、もっと本当に、「福音」を知ることを必要としているのです。主よ!!
2016. 05. 12  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。3回目です。
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信仰と愛と希望という三つの側面から、しかも「福音」ということを中心にして、講演はなされます。

Ⅰ.神の力としての「福音」の回復 ~宗教改革500周年に向けて

まず第一のことは、信仰です。福音による信仰です。

・・・今、全世界、とりわけかつてキリスト教国と呼ばれてきた国々における伝統的諸教派の衰退は甚だしいものがあります。

(聖書を神の言葉と信じていないようにさえ思える)リベラルな教会のみならず、福音主義と言われる教会でさえ、その社会的信用が厳しく問われております。

その中心にある問題の一つが、実は、キリスト教会自身の「福音」理解なのです。

今日、私たちキリストの教会がそこに生き、また世の人々に差し出しているものが、本当に聖書が、そしてイエス・キリストがもたらしてくださった「『喜び』としての福音」なのだろうかという問題です。

教会は、この世に、そして人々に、真の喜びを与えているのだろうかという問いです。

その意味で、宗教改革500周年を前に、とりわけ私たちプロテスタント教会は、再びその根幹を問いただされていると言うことができましょう。(つづく)

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ローマ15:13 「希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。」

主よ、私たちの魂を、もっと深く広く高く大きく、喜びで満たしてください。罪赦されたことの喜びを、あなたの命に触れさせていただいた喜びを・・私たちは、まだ全然知りません。もっと喜びを増し加えてください。私たちが、もう他のなにものも必要としなくなるほどに。
2016. 05. 11  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。2回目です。
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東日本大震災によって、この国は「第二の敗戦」を味わったと、ある人々は指摘しております。それは、私たちの国が戦後に築いてきた国の在り方というものが、震災によって根本から問い直されたからであります。

『70周年宣言』の序文にも、「東日本大震災と原発事故は、それまで隠ぺいされていたこの国と社会の深層を明るみに出すと同時に、命の犠牲の上に築いてきた近代文明社会の在り方そのものを根本的に問う出来事となった」と、記されています。

実際に、私たちのこの国も、この世界も、今、大きな歴史の転換点に立たされていると言って過言ではないように思います。

ですから、この時にあたり私たちは、荒れ果てたこの国に、新しい教会を打ち立てるという幻を描きました創立者たちに思いをはせながら、今再び新しい時代に進んでいこうとする改革派教会のヴィジョンを分かち合いたいのです。

簡潔に、三つのことをお話しします。

信仰と希望と愛という三つの側面から、しかも「福音」ということを中心に話していきます。

福音による信仰、福音による愛、そして福音による希望ということです。(つづく)

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Ⅰコリント13:13「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。」

コロサイ1:3-5「わたしたちは、いつもあなたがたのために祈り、わたしたちの主イエス・キリストの父である神に感謝しています。あなたがたがキリスト・イエスにおいて持っている信仰と、すべての聖なる者たちに対して抱いている愛について、聞いたからです。それは、あなたがたのために天に蓄えられている希望に基づくものであり、あなたがたは既にこの希望を、福音という真理の言葉を通して聞きました。」


共に祈りましょう。

主よ、これまでと同じように、今この時代に生きる私たちの教会にも、あなたの憐れみによって、信仰と愛と希望を満たしてください。小さな、取るに足らない教会ですが、あなたによってこの地に存在せしめられていることの意味を、深く確認させてください。

2016. 05. 10  
先週もたれました、日本キリスト改革派大会創立70周年記念信徒大会において、吉田隆先生による「新しい時代に進む改革派教会」との講演がなされました。

この講演を、どうしてもみなさんと分かち合いたいので、これからしばらくの間、講演原稿を分割してお届けします。(「日々の御言葉」の本来の趣旨からは逸れますが、ご容赦ください)。

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序.〝新しい時代”の幕開けと東北

さて、今回の信徒大会があえてこの「東北」の地で開催されたことに、私は、これからの“新しい時代”を歩みだそうとする、日本キリスト改革派教会のあるべき姿というものが象徴的に表されているように思います。私たちは、なぜこの東北に集まっているのでしょうか。

それは第一に、この場所が2011年に起こった東日本大震災の被災地であり、支援活動が続けられている場所だからです。

そして、ここに、私たち改革派教会の新しい時代の姿と、これからの日本における福音宣教と教会形成に対する深い問いかけと、そして未来が示されているように、私には思われるのです。

もう一つ、私たちがこの東北に集まりましたのは、この東北の地が、日本キリスト改革派教会の創立に至る第一歩が踏み出された土地だからであります。

当時、創立者たちは、西に神戸、東がこの東北に疎開していたために、戦後まもなく、この場所に集まって新教派設立の相談をしたのです。私たちは今、そのような場所に集まっているのです。(つづく)



共に祈りましょう。

教会のかしらなる主よ、私たちの教派の70年の歩みを許し、導いてくださいましたことを感謝します。今、私たちは、東北という特別な意味をもつ地から、新たな出発をいたしました。主よ、あらゆる意味で困難な時代に進む中で、私たちがキリストの教会として、歩むべき道を正確に選び取っていくことができますように、聖霊の導きをお与えください。
2016. 05. 06  
昨晩、無事に仙台から帰宅しました。

3日は、日本キリスト改革派創立70周年記念信徒大会で、900人以上の方と共に礼拝をささげました。

その後5日まで、全国青年リトリートで、霊肉の休みをいただきました。

「キリストと出会い、人と出会って、世界に生きる」との主題でなされた、袴田康裕神学校教授の講演に、深い慰めを与えられリフレッシュしました。


単純素朴に「福音に生きる」ということを、しみじみ考えさせられた三日間でした。

この世界が揺れ動く中で、イエス・キリストが与えてくださった希望をどこまでも信じて、心を高く上げて歩むということです。


「主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられるように。神は豊かな憐れみにより、キリストの十字架によってわたしたちの罪を完全に赦し、その復活によって生ける望みを与えてくださった。ただ信仰によってキリストと結ばれたわたしたちは、今やあらゆる恐れと不安から永遠に解き放たれ、喜びと自由の生へと招き入れられた。(70周年宣言冒頭より)」

これが、もっとも根本的な「福音」です。自分の考えを混ぜてごまかしたり、この世の価値観で水割りして薄めたりしないで、まっすぐに、この「福音」の希望を信じ、これから一層混乱する世界の中で、光を放つ。

そういう「福音に生きる教会」として再生しよう・・・それが70周年宣言の目指しているものです。

一番基本的なことで、一番難しいことでしょう。

信徒大会で読まれた聖句を、分かち合って共に祈りましょう。エフェソ6:10-18です。

「最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。
悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。
わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。
だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。
立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。
なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。
また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。
どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」


主よ、あなたが味方でいてくださるから、私は恐れません。あなたはわたしの神。わたしはあなたの民。あなたを信じるすべての兄弟姉妹と共に、どこまでも福音に生きる教会とならせてください。

※ 明日の配信はお休みさせていただきます。
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茅ヶ崎の牧師

Author:茅ヶ崎の牧師
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