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2016. 05. 31  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。14回目です。

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私たちの霊の戦いは、神の国の価値観を私たち自身の価値観としていくことです。

それはまさに祈りの戦場と言うことができるでありましょう。

そのために、私たちは神の武具をしっかり身に着けねばなりません。「主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい」と言われているとおりです。

それは教会としての戦いであると同時に、私たち一人一人の毎日の生活の中での戦いであります。

私たちから人間としての尊厳や、生きる喜びを奪おうとするこの世の力に対して、神様がお示しくださった「命の道」を歩き続けるという戦い。

福音としての生活を回復するための戦いであります。


「最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。立って真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。なお、その上に、信仰を盾として取りなさい。・・・(エフェソ6:10-15)」

共に祈りましょう。

主よ、この世の価値観とは異なる、神の国の価値観を身に着けさせてください。私たちが、透徹した眼差しをもって、あらゆる出来事の中に罪と悪のうごめきをよく察して、注意深く、それと対峙していくことができますように。
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2016. 05. 28  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。13回目です。

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私たちの究極的な戦いは決して肉の戦いではない。霊の戦いだと言わねばなりません。

この世の支配は、人間の命などかえりみることもなく、弱い者を踏みにじって、力による支配を打ち立てようとするかもしれません。

けれども、私たちは、どこまでも十字架の福音によって抵抗する。絶えず弱い者や苦しむ者の側におられた主イエスにならって抵抗するのです。

あるいはまた、この世の知恵や策略をめぐらして人々を陥れようとする力に対して、私たちはむしろ十字架の愚かさに徹して戦う。

バカバカしいと思われるかもしれない十字架の福音により頼むのです。

なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

これこそが、私たちの霊の戦いです。

神の国の価値観を私たち自身の価値観としていくことです。(つづく)


共に祈りましょう。

主よ、地上の悩ましい現実の中で、もがき苦しむ私たち一人一人を憐れんでください。この世の知恵と力に頼ることのないように、私たちから誘惑や試練をのぞいてくださって、十字架の福音のすばらしさをもっと豊かに教えてください。
2016. 05. 27  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。12回目です。

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(中略)私たちは、多くの点で試みられています。教師たちも役員も、そして信徒一人一人も激しく試みられていると思います。

ここに私たち改革派教会の戦いがあります。この国に、真の福音を具現する教会形成をなしうるか。真に福音に生きるキリスト者であり続けられるかという戦いです。

改革派教会という教会は、改革され続けなければなりません。そうでなければ意味がない。

それは、単に組織や制度を変えるということではありません。そうではなく、改革派という名前は、本来、私たち自身が御言葉と御霊によって変えられていくということを意味する教会なのであります。

「世界はまさに転換しつつあり」と『創立宣言』は語りました。

70周年を迎えた今日も同じ様に、日本の戦後体制が大きく変えられようとしています。世界全体もまた、大きく転換しようといています。

しかしそのような中にあって、私たちの究極的な戦いは決して肉の戦いではない。霊の戦いだと言わねばなりません。(つづく)


共に祈りましょう。

主よ、古い家の壁をはがすように、汚れのこびりついた私の魂の壁をはがしてください。私を改革してください。昨日よりも、神様の御心にすなおに従えますように。この私の改革から、世界の改革がはじまっていきますように。
2016. 05. 26  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。11回目です。

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改革派神学と呼ばれる神学は、徹底的に神の言葉に基づくことを求める神学であるがゆえに、厳格であると同時に柔軟です。

霊的であると同時に知的です。そして、教会的であると同時に、世界に広く開かれた神学であると、私は思っています。

そのような神学に基づく改革派教会は、右から左まで、あらゆる教派教会の長所と短所を見分ける術をもっていると思います。

それを御言葉の体系の中に正しく位置付けたうえで、尊敬と愛をもってお付き合いできる教会なのだと思います。

さらには、自分自身の信仰の確信を決して失うことなく、しかし、この世の人々ともキチンと対話ができる。

あるいは、この神の世界における平和と正義のために、信仰をもっていない方とも協同して働くことができる。

そのように、ふところの広い教会であると思うのです。そして、そのような教会は、決して多くはないのです。(つづく)


共に祈りましょう。

主よ、今日も世界中のすべての教派教会のキリスト者たちが、あなたを喜び、復活の命を証しすることができますように。信者・未信者問わず、あなたの愛と正義を実現すべく労するすべての者たちに、今日も上よりの豊かな励ましがありますように。
2016. 05. 25  

70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。10回目です。

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最後に、多くの弱さや欠けがありながらも、創立以来の70年間、ただ神の憐れみによって支えられてまいりました私たち日本キリスト改革派教会は、これからの日本の教会のためになおも果たすべき役割があるということを申し上げて終わりにしたいと思います。

もし私たちの教会が真の福音に生きる教会であるならば、必ずや真の希望を指し示す教会となると、私は信じているからであります。

私たち改革派教会が、新しく教派を創立させました時に、これは決して「分派」を造ろうとしたのではないのだと、『創立宣言』は、力をこめて主張しております。

そうではなく、むしろ「真の公同性・一致性」を造り出すことこそ、私たちの教会の神髄なんだ、使命なんだと主張しているのであります。

そして、この創立者たちが追い求めたヴィジョンは、今こそ実現すべき時が来ていると、私は思っているのです。(つづく)


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改革派教会は、がっちりとした教理の基盤の上に立っているからこそ、あらゆる立場と対話しながら、すべてを建徳的にまとめあげていくことができる、稀有な存在であるはずだと、吉田先生はしばしばおっしゃいます。

それゆえに、謙遜に、すべてのキリスト教会に仕え、教会の「一致」のためにお手伝いさせていただく。そういう視点をもって、孤立主義をとらず、様々なキリスト教会と力を合わせようというのが、吉田先生の年来の主張です。

明日、そのつづきを分かち合います。共に祈りましょう。


主よ、私たちが、「日本キリスト改革派教会」という教派において信仰が与えられたことの意味を、あるいは今この教派との関わりが与えられたことの意味を、さらに深く広く教えてください。
2016. 05. 24  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。9回目です。

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今の時代のこの国、そしてこの世界に必要なのは、・・・(中略)、目には見えないキリストの福音を見える形にする教会、その喜びを体現するキリスト者の存在であります。

それは何か私たちの努力によってなされることでは、もちろんありません。いつもニコニコしていなければとか、そういう次元の話でもありません。

そうではなくて、私たちが生きている現実のただ中に、主の十字架が立っている。神の赦しが、愛が、たしかにここにあるということを信じることです。

イエス様というお方に、この私が、そして私たち皆が赦されているんですよと、皆さんはこの神様に愛されているんですよと、そう信じて、互いに励まし合って、愛し合って生きるということです。

この悲惨に満ちている世界は、それにもかかわらず、なお生きるに値する世界だということを示す。なぜなら、神様の世界ですから。この神様がなおも愛しておられる世界ですから、と示す。

そのような人生観・世界観によって、福音の光が広がっていくことのために、私たちは召されたのです。

家庭で、地域で、職場や学校で、教育や福祉の現場で、あるいは様々な芸術活動を通して・・この世界のすみずみにまで、福音の喜びが満ちていくこと。

そのために、キリストの弟子である私たちは召され、遣わされていくのです。

そのようにして、福音による愛の御国は、この世界で現実になっていくのです。私たちは誰もがそのために奉仕する者であり、その意味で、だれもが伝道者なのです。

どうぞ皆さん、伝道者になってください。福音の光を証しする人になってください。そのために献身してください。(つづく)


共に祈りましょう。

「しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。(Ⅰペトロ2:9)」

主よ、今日私たちが過ごす24時間、あらゆる場所で、あらゆる出会いにおいて、福音の光を広く伝えさせてください。
2016. 05. 20  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。8回目です。

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思えば、主イエス御自身がそうでありました。「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また自分の命を捧げるために来た」と、そう主イエスは言われました。

「世の光」というのは、本来そういうものだと思います。光は、照らすためにこそ存在するからです。

苦しみの闇を歩む人々に、神様の愛の光を照らす。

照らすだけではない。手を差し伸べ、寄り添って支え、肩を並べて歩く。

福音の受肉化ということは、そういうことです。肉体を取った神の愛というのは、温もりのある福音を届けるということです。

そうすることで、地域にある教会の存在が、そしてまた我々キリスト者一人一人の存在そのものが、この世にあって福音となる。喜びとなり祝福となることです。


共に祈りましょう。

主よ、神様の愛の光を照らすとはどういうことでしょうか?上から目線で憐れむのではなく、あるいは相手に支配されてしまって甘やかすのでもなく、本当に、人に仕え、神の愛を届けるとはどういうことでしょうか?

教えてください。どうか教えてください。そして、愛しうる力と知恵をください。

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明日の配信はお休みさせていただきます。明日は、陸前高田で「希望のコンサート」が開催されます。豊かな祝福がありますように祈りましょう。
2016. 05. 19  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。7回目です。

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私たち日本の教会は、この国においては圧倒的な少数者です。100人に一人もキリスト者はおりません。にもかかわらず、そのような小さなキリストの教会が、いかにこの世の光となりうるかを鮮やかに示したのが、先の震災とその後の支援活動ではなかったでしょうか。

東日本大震災から5年以上も経った今も、小さな諸教会の働きが被災者から信頼されてなされ続けているという事実を、私たちはよく考えるべきです。

(さらに、先立っての熊本地震からはじまった、教会と地域のつながりにも言及。)

これはいったい、何を意味しているのでしょうか。

キリストの福音を信ずる者たちが、何の打算もなく、ただ純粋に困難の中にある方々のお役に立ちたいと働いている姿。何の見返りも求めずに何年も奉仕をしている姿。

あるいはまた、相手の気持ちを大切にして、じっと耳を傾けながらも、決してあきらめることも絶望することもしないで励まし続けてくれる、共に歩んでくれる、その働きが、人々の魂に、本来“神のかたち”に造られているはずの人間の魂に、光を灯したのではないでしょうか。

思えば、主イエス御自身がそうでありました。(つづく)


共に祈りましょう。

主よ、私たちの内に、信仰と希望と愛を満たしてください。私たちが、今日誰かの隣人として、信仰と希望と愛をもって、接することができますように。今日も東北や熊本の方々をはじめとして、痛んでいる方々をお守りください。そのために奉仕するすべての者たちを励ましてください。
2016. 05. 18  
70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。6回目です。

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70周年宣言は、「福音の信仰」に生きる教会とは何か、信徒の在り方とは何かを、もう一度とらえ直そうとしたものです。

それは、一言でいえば、「福音的な人生観・世界観を生きる」ということであります。

さらに言えば、そのような福音に基づく生活は、必ずや「神の愛に生きる」という生き方へと私たちを押し出すものだということ。

それが、皆さんにお話したい二つ目の点であります。


Ⅱ.福音的人生観・世界観を生きる ~「創立宣言」の新しい理解

(中略)

キリストの教会が、キリスト者一人一人が、この世界にとってかけがえのない存在となるということ。

教会や私たちキリスト者の存在そのものが、この世のただ中で福音となる、祝福となるという在り方を、今日の私たちは意識する必要があります。

イエス・キリストの教会は、この世と切り離されてはなりません。

むしろ、この世のただ中で、この世のために存在するということであります。(つづく)


共に祈りましょう。

主よ、まことに欠け多い私です。人につまずきを与えてしまう私です。しかし主よ願います。この貧しい私の存在の内で、あなたが祝福の光となってくださって、今日出会うお一人一人を照らしてくださいますように。
2016. 05. 17  

70周年記念信徒大会における「新しい時代に進む改革派教会」という講演の要旨です。5回目です。

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70年前に、なぜ私たちの創立者たちは、新しい教派を造ったのでしょうか。

・・・・それは単なる人間的な理由ではない。創立者たちが動かされたのは、やっぱりこの神の言葉の力に迫られたからだと、私には思えるのです。

神の言葉の真理がゆがめられて、真の神を神とすることができずに、国家の罪に加担してしまったような教会に、このままとどまり続けることはどうしてもできない。

人間の理屈や言い訳や力関係が支配するような集団ではなく、生ける神の言葉、しかも御子キリストの命に基づく「純正なる福音」に立つ教会をこの国に建設するということが、神に対する自分たちの悔い改めのしるしであるという思いに、突き動かされたからではないでしょうか。

したがいまして、70周年を迎えた今、私たちがここから新たに歩みだすにあたり、何としても確かめなければならないのは、やはりこの生ける神の言葉であり、イエス・キリストの福音でなければならない。

このキリストの「命」の福音にのみ、私たちが絶対的な信頼を置くということ。

この福音のみを私たちの真の喜びとするという信仰。

そのような「福音の信仰」を肝に銘じておきたい。

「70周年宣言」とは、そのような思いから作られた宣言であります。(つづく)


共に祈りましょう。

主よ、人間の動きにばかり心捕らわれてしまう私たちを、福音によって解き放ってください。「純正なる福音」の喜びを、もっともっと教えてください。私たちが、ただそれだけを誇りとするまでに。
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
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