FC2ブログ
2016. 10. 07  
今週は、「兄弟愛」について思い巡らしながら、今日まで過ごしてきました。

「兄弟愛」について語るなら、ローマ12:9-10の御言葉も忘れるわけにはいきませんね。

「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。」

尊敬をもって、相手を優れた者と思い、大切にする。これが、基本のようです。


ところで、教会ではしばしば、信者は「兄弟姉妹」と呼び、未信者はそう呼ばないという習慣が見られます。

他方では、信者・未信者問わず「兄弟姉妹」と呼ぶ人もいたり、その反対にどなたのこともそうは呼ばない人もいたり。

こういうことは、こうでなければいけないというルールがあるわけではないと思います。

私は個人的にはかなり自由にしていますから、会員の中には戸惑われる方もいるかもしれません。

いつも念頭にあるのは、あの「レ・ミゼラブル」の中で、神父さんが困窮するジャン・バルジャンのことを「ブラザー」と呼んで迎え入れたことです。

イエス様は、すべての罪人を「ブラザー」と呼んで招いてくださり、受け入れてくださる方です。

私たちもまた、出会うどの人に対しても、尊敬をもって、相手を優れた者と思い、大切にするという「兄弟愛」をもって臨みたいものです。

その方が、信仰を同じくする兄弟姉妹として、神の家族に連なることを祈り求めて・・・。


共に祈りましょう。

主よ、今日あなたから与えられる出会いのひとつひとつに、大切に取り組むことができますように。また、私の愛する兄弟姉妹のひとりひとりが、今日も命の祝福に満たされますように。

2016. 10. 06  
ある時、イエス様が群衆相手に福音を伝えておられると、母マリアや弟たちが、話したいことがあって外で待っていました。

そこで、ある人が気を利かせて、「母上とご兄弟が外で待っておられますよ」と伝えるのですが、イエス様のお返事は意外なものでした。

「しかし、イエスはその人にお答えになった。『わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。』そして、弟子たちの方を指して言われた。『見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。(マタイ12:48-50)」


キリスト教会とは、このようにしてイエス様から「わたしの兄弟、姉妹」と呼んでいただく者が集う、聖なる神の家族です。

その家族は、長子であるイエス様と共に、イエス様にならって、「天の父の御心を行う」ことを願って生きる者たちです。

その思いにおいて一致できないなら、他にはなんのつながりもない人の群れです。

でもその一致があるならば、信仰のきずなは、血よりも濃いのです。

誰かのことを、肉親よりも大切に思って愛するというのは、どういうことでしょう?

大変に難しいことでしょうが、わたしたちに求められる「兄弟愛」とはそういうことのようです。


共に祈りましょう。

主よ、あなたが与えて下さった、信仰の兄弟姉妹の存在を感謝します。どうか、われらがイエス様にならって、天の父の御心を行うことができますように。そして、互いに深く愛し合うことができますように。
2016. 10. 05  
昨日に続いて、Ⅰペトロ1:22を分かち合いましょう。「あなたがたは、真理を受け入れて、魂を清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、清い心で深く愛し合いなさい」と言われています。

この御言葉の面白いのは、「あなたがたは・・兄弟愛を抱くようになったのですから」という具合に、「もうすでに・・そこまで成長しているのだから」と言われていることです。

偽りのない兄弟愛に至るまでに、あなたがたはきよくなっているのだから、だからこそ、深く愛し合いなさいと言われています。

こういう風に言われると、かえってプレッシャーですね。

「いや、自分はまだそんなレベルじゃ・・」なんて言い訳はゆるさないぞ、というような語の雰囲気もあります。

でも、それ以上に、「もっと自分を信頼しなさい」って、神様が励ましていてくださるように、私には思えます。

いや、自分を信頼するというのは、ちょっと誤解がありますね。

自分を信頼するのではなく、自分のうちに生きていてくださる、イエス・キリストの霊である方=聖霊を信じるのです。

わたしのうちには、聖霊が生きていてくださいます。聖霊が、わたしにキリストの愛を教えて下さいました。

そして今日も、必ず兄弟愛に深まらせてくださいます。

どうぞ、10年前の御自身と、今の御自身を比較なさってください。聖霊があなたのうちに、どれほどの変化を与えてきてくださったことか!!

わたしたちのうちには、偽りのない兄弟愛が確かに生まれ始めているのです。


共に祈りましょう。

聖霊よ、今日もわたしを強く導き、キリストの愛の心に従うことができますようにしてください。わたしの中に生れている兄弟愛が、豊かに発揮されますように。
2016. 10. 04  
今週はⅠペトロ1:22の御言葉を思いめぐらしながら、一週間を歩んでいきましょう。

「あなたがたは、真理を受けいれて、魂をきよめ、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、清い心で深く愛し合いなさい。」

兄弟愛と言われています。印象深い言葉です。

兄弟、英語でいうとブラザーです。ブラザーというと、ブラザーロジェという人を思い出します。

テゼ共同体の創始者、フランスの改革派教会出身の人です。

テゼ共同体というのは、プロテスタントの修道院とでも呼べるような集まり(ブラザーとは修道士)で、テゼという何もない小さな村で、教派を超えて(カトリックもプロテスタントも超えて)、祈りと労働の生活に打ち込む男子の修道会です。

1949年にはじめられ、今では年間10万人を超える人が、巡礼のように訪れるといいます。

そのテゼ共同体の創始者であるブラザーロジェ。彼は愛と平和、そして和解ということをただただ純真に求めたと言われます。

彼は2005年、90才の時に死にます。それは、精神の病を抱えた女性に刺されて、という最後でした。

あまりにも無防備であったがゆえの悲劇的な最後です。

彼の葬儀に際して、彼の兄弟たちはこのように祈ったと言われます。「善なる神、わたしたちは、病いによって、ブラザーロジェの人生に終止符を打った女性をあなたの赦しにゆだねます。十字架のキリストとともに、わたしたちは祈ります:父よ、彼女をお赦しください。彼女は何をしているのか知らないのです。」


テゼを訪ねたことのある方が、こんなことを教えてくれました。ひとりの修道士がこのように言っていたそうです。

「ブラザーロジェは、愛と平和、和解しか言わなかった。それがだんだん歯がゆくなって、心が離れそうになった時があった。でも、彼が亡くなってから、彼のメッセージの大切さがどんどん大きく感じられるようになってきた」。

兄弟愛ということを考える時に、そんなエピソードが頭に浮かびました。


共に祈りましょう。

主よ、わたしのうちで今日も御力をもって聖化をすすめ、兄弟愛を増し加えて下さい。聖なる者に整えて下さい。
  
  
  
  
2016. 10. 01  
土曜日はカルヴァンの祈りを紹介します。

******
全能の神よ、あなたは我らの罪を我らの目の前に置かれ、同時にあなた御自身を、われらの審判者として示されます。

神よ、われらがあなたの寛容な御心を、悪用することがありませんように。

われらの怠慢と遅鈍とによって、より大いなる御怒りを、おのれのために積み重ねてしまうことがないようにしてください。

願わくは、われらがひたすらにへりくだってあなたを畏れ、切に思慮深くあるようになさせてください。

われらが、あなたのおびやかしを恐怖し、しかしまたあなたの柔和によってあなたに引き寄せられ、あなたにむかって素直、従順であるようにしてください。

われらが、あなたに従うために全くおのれをささげ、われらの主イエス・キリストにより、あなたの御名の栄光をあらわすこと以上の何事をも、決して願うことのない者にならせてください。

アーメン。
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
カテゴリ
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR