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2019. 10. 09  
次の主日はローマ1:16-17です。ローマ書の心臓とも言われるような、重要なところです。

「わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。

福音には、神の義が啓示されていますが、それは初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。『正しい者は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです。」


わたしは福音を恥としない。

この16節に至るまでのローマ書の冒頭で、パウロは何度も「福音」と繰り返します。

自分は「神の福音のために選び出された」使徒である(1:1)。

「この福音」とは、「聖書の中で預言者を通して約束されたもの」であって、「御子に関すること」すなわちイエス・キリストのことである(1:2-4)。

自分は「御子の福音を宣べ伝えながら神に仕える」ものであり、ローマ教会のあなたがたにもなんとかしてお会いして、それをぜひ分かち合いたい(1:9-15)。

このように、「福音をひとりでも多くの人に届ける」ことが、自分の生れてきた意味であり、使命・役割だと、はっきりと自覚していたのがパウロでした。

14節では、「果たすべき責任」という言葉で言っていますね。

私たちにもそれぞれに、主に対して「果たすべき責任」があるはずです。福音を届けるべき人がいるはずです。


共に祈りましょう。

主よ、わたしは福音を恥じとしないという言葉に、感動します。イエス・キリストを知ることのできた喜びが、わたしの心にもあります。イエス・キリストを知ってほしい、この方において示された限りない神の愛を知ってほしい・・そういう情熱が、わたしの心にもあります。主よ、用いてください。
2019. 10. 05  

土曜日は、「来てください、沈むことのない光」という本より、初期教会のキリスト者たちの言葉を紹介しています。

今は、リヨンのエイレナイオスの言葉を紹介しています。150~200年頃まで活躍し、初期教会に影響力をもった偉大な教父です。

**************
光を見る人が光の中におり、その輝きにあずかっているのと同じように、神を見る人は神の内におり、その輝きにあずかっています。

神の輝きは人々に命を与えます。ですから、神を見る人々は命にあずかるでしょう。

これこそ、とらえきれず、理解しつくせず、目には見えない御方が、(イエス・キリストにおいて)人間によって見られ、理解され、とらえられるものとしてご自分を差し出される理由です。

つまり、神をとらえ、見る人々に命を与えるためです。

神の慈愛の大きさは描きようがなく、その優しさも表現しようがありません。

神が御自身を見えるものとし、神を見る人々に命をお与えになるのは、その慈愛のおかげです。

命なくして生きることはできず、この命とは、神にあずかることによって得る命以外のものではありません。

神にあずかるということは、神を見ることと、その優しさを味わい知ることにあります。
2019. 10. 04  
次主日は使徒言行録27章にある、パウロに与えられた船旅の試練についての記事を分かち合います。

カイサリアの総督府で2年にわたって軟禁されていたパウロでしたが、皇帝への上訴によって、ローマへと護送されることになります。

とうとうローマへの旅路が開けたのです。

牢獄で暗い夜を過ごすパウロのかたわらに、主イエスが来てくださって、「勇気を出せ」と言って下さったのは23:11のところでした。

「その夜、主はパウロのそばに立って言われた。『勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。』」

この約束の言葉をずっと信じ続けて、忍耐の時を過ごし、ようやくパウロは、ローマに向かう船に乗ることができたのです。

しかしまたも困難が待っています。この船旅は、文字通りの逆風続きで、なかなか前に進むことができない。

挙句の果てには、エウラキオンと呼ばれる暴風にあおられて、船は転覆寸前まで追い詰められてしまう。

でも、そんな中でもパウロだけはいつも落ち着いています。

主の約束の言葉を信じているからです。

そして、主が「勇気を出せ」と言って下さったように、「皆さん、元気を出しなさい(※原語は同じ)」と励ますのです。


共に祈りましょう。

主よ、今日も朝が来ました。朝が来なければよかったのにと、感じている人もいるかもしれません。どうか主よ、この弱い私たちに、信仰と希望と愛を与えてください。今日の日を、なんとか生きていくために。願わくは、パウロのように歩めるように。

2019. 10. 03  
昨日、高知から無事に帰ってきました。お祈りに感謝します。

徳島教会では、にぎやかなオープンチャーチで30人ほどの方と喜びの礼拝をささげました。

その後、月曜の朝から、車で6時間かけて、高知県の宿毛教会に向かい、四国中会の教師会にお招きいただきました。

二日にわたる講演で、みなさん大変熱心に聞いて下さり、私自身が励まされました。

その後、車で3時間の高知の安芸市にある芸陽教会で宿泊させていただき、昨日帰宅した次第です。

四国は、私にとって後輩にあたる若い先生方が多く、連日深夜まで、本当にたくさんのことを彼らと語り合い、互いに励まし合いました。

首都圏とはまったく異なる状況で、奮闘している彼らの姿に、多くの事を学ばされもしました。

おかげで睡眠不足で、今日は寝坊して頭が回らず、御言葉の取次ができずにすみません。

体はへとへとに疲れましたが、心の疲れや痛みは癒されました。

楽しい旅をゆるしてくださった主と勝田台教会の皆さんに、心から感謝します。


共に祈りましょう。

主よ、今週の後半の歩みに豊かな祝福がありますように。主よ、あなたこそ、世々限りなく、われらの神。死を越えて私たちを導いて下さるあなたに、今日もすべてをおゆだねします。(詩編48:15より)


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茅ヶ崎の牧師

Author:茅ヶ崎の牧師
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