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2020. 01. 14  
主日の礼拝には、創世記2章から人間創造の神秘を分かち合いました。

7節「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形作り、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」

人は、塵からつくられ、やがては塵にかえるにすぎない、はかない者です。

でも、そのような者が神によって命の息を吹き入れられ、生かされている。

このことをわきまえる、その感謝と謙遜ということを、聖書は教えているようです。

私たちの人生は、それぞれにまったく違う道を歩みます。ひとつとして同じ人生はありません。

その人生にはいろんな差が出てきます。神様から与えられるものも様々に違いがある。

でも、塵からつくられ、やがては塵に帰る。この点についてだけは、恐ろしいほどに同じです。

みんな塵に過ぎないものです。それゆえに、神の前でまったく取るに足りない、無価値なものです。

でも、そのような者が、人知を超えた神の愛によって、命与えられ、生かされている。

ここに、すべての人間の尊厳があるのです。


共に祈りましょう。

主よ、あなたに生かされている。今日もまた、この感謝と喜びをもって、自分を愛し、隣人を愛し、与えられる出会いに丁寧に取り組むことができますように。

2020. 01. 10  
次の主日は創世記の2章全体を分かち合う予定でしたが、内容が豊かすぎるので、18節以下は断念します。

18-25節は、人に合う「助ける者」として女が創造されるという、感動的な場面です。

「助ける者」とは、僕のようにサポートする助手のことではありません。

「助け(エゼル)」は通常、私たちに神様が与えてくださる特別な助けで、それほどの助け手、つまりこの人抜きには自分の存在が成り立たないほどの「助け」ということです。

ですから、結婚の準備をされる方々には、私はしばしばこう申し上げます。

あなたがたはそれぞれ、お前はひとりでは生きていけないのだと、神様から宣言されたに等しいのですよ。

結婚をしないで生きていくという道を、神様から示される方もいます。

でも結婚という道が示されたということは、神があなたがたそれぞれに、「助け」が必要だと判断されたからです。

ですから、これ以降、決して傲慢であってはなりません。

パートナーの存在を、決して軽んじてはなりません。

この「助け」抜きには生きられない。そういう存在として、互いに尊敬しあってください。そういう存在にふさわしくなるべく、互いに努めてください。


共に祈りましょう。

主よ、結婚の祝福をいただいたすべての者たちが、今日の日に、互いを重んじ、共にあなたの素晴らしさを映し出すことができますように。結婚の願いを持つ者たちに、ふさわしい備えがありますように。
2020. 01. 09  
昨年のクリスマスに洗礼式がありましたが、洗礼の誓約事項の第一は、「この世界を創造された神がおられることを信じますか」という内容です。

私たちの思いも及ばぬ永遠の次元に、神が生きておられるということ。

その神の手によって、はっきりとしたその御意志によって、宇宙万物は創造されたのだということ。

それゆえに、この神の手の中ですべてのことが定められ、導かれていくのだということ。

これが、私たちの基本的な土台となる信仰です。

そういう神が存在されるからこそ、私は、私の小さな井戸の中での思い煩いに縛られず、信仰の翼を広げて、大いなる神の恵みの世界で飛び回り、すべてをゆだねて安らうのです。

旧約聖書においては、偶像の神々のむなしさと対比されて、この創造主信仰が告白されることしばしばです。

今日はエレミヤ10章の御言葉をお届けします。

「・・・主は真理の神、命の神、永遠を支配する王。

その怒りに大地は震え、その憤りに諸国の民は耐ええない。

このように彼らに言え。天と地を造らなかった神々は、地の上、天の下から滅び去る、と。

御力をもって大地を造り、知恵をもって世界を固く据え、英知をもって天を広げられた方。

主が御声を発せられると、天の大水はどよめく。地の果てから雨雲を湧き上がらせ、稲妻を放って雨を降らせ、風を倉から送り出される。・・・・」


共に祈りましょう。

主よ、私は小さく、あなたは大きい。あなたの手の中で造られ、生かされてきたこれまでの歩みに、心から感謝します。今日もあなたの手の中で、生かしてくださり、すべてを備えてください。
2020. 01. 08  

創世記1:31には、神様の自画自賛とも言える様な、ご満足の姿が描かれています。

「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。」

しかし今、目の前に広がっているこの世界は、「極めて良い」ものであるでしょうか。

海は汚れ、空は濁り、満天の星なんてなかなか見ることができない。

人は憎み合い殺し合い、愚かな武器によって奇形の生物を生み出してしまう・・・。

でも世界が醜いのは、私たち罪人が汚してしまったからです。神様は悪いものを創造される悪い方ではありません。


神様にとって「極めてよい」世界とは、人間にとって「極めてよい」世界でもあります。

天と地と海と、その中にあるすべてのものが、秩序正しく創造され、すべてが整った上で人間が創造されました。

清浄な空気が用意され、水と食物が用意され、感性を刺激する素晴らしい景観が用意され、人間の生存にとって「極めて良い」世界が創造されたのです。

世界とそこに生きる被造物のすべては、神様から私たちへの、愛に満ちた、最高の賜物です。

神様は良いものしか、私たちにお与えになりません。それを悪いものとしてしまうのは、私たちの罪です。


神様が与えてくださる良いものに敏感でありたいですね。感動したい。

この罪で濁った目にも、なお明らかなほどに、神の創造なさった世界は素晴らしい!!

この世界を私たちに与えてくださった方が、今日も、良いものを与え続けてくださいます。


共に祈りましょう。

主よ、大いなる創造主よ、今日も宇宙の万物の上に注がれるあなたの憐れみに感謝します。この私の貧しい心を開いてくださって、極めて良い世界を見出させてください。
2020. 01. 07  
年明け早々、イランのソレイマニ司令官殺害のニュースが流れ、アメリカとの実質的な開戦に心痛めています。

多くの方が不安を覚えて、祈っておられるのではないかと思います。

また昨日の新聞で、2016年に起きた相模原市の障碍者施設「やまゆり園」での殺傷事件の、植松被告の初公判の様子が知らされ、大変悲しくなりました。

その中で、彼がドナルド・トランプ氏に大きな影響を受けたと繰り返していると、知りました。

あまりにも分かりやすすぎる、マンガのようなことですが、本当にそういうことが起きているのです。

排外主義的な発言に、「真実が語られている。自分も真実を言っていいんだ」と思ったそうです。


今は、悪魔的な力が勢いを増している時代であることを痛感します。

先の主日に分かち合った創世記1章の言葉で言えば、「混沌」が顔を出しているのです。

人間を死とむなしさの暗黒に引きずり込もうとする「混沌の波」は、繰り返し襲ってきます。

しかし、神は「光あれ」と、その「混沌」を制する、根源的な命の光を与えてくださいました。

その根源的な光の中で、この天地は創造されました。

そして、どんなに闇が濃くなっても、この光は決して消えることなく、必ず朝をもたらします。

夕べがあり、朝があった。

絶望の夜がおとずれても、それで終わりではない。必ず朝が来る。この世界はそのようにできている。そして最後は、永遠の朝に至る。

そのように確認したのでした。


共に祈りましょう。

主よ、祈ります。我らの心の目を開いて、暗い世を照らす命の光を、どんな時も仰ぎ見させてください。どうか悪の力を打ち破って、あなたの愛と正義と平和の支配を打ち立ててください。主よ、私たちは祈り続けます。
プロフィール

茅ヶ崎の牧師

Author:茅ヶ崎の牧師
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