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2017. 09. 13  
先の日曜日の説教で、偽教師たちは「自由」ということを間違って教えていたと、申しました。

どうやら偽教師たちは、霊魂の救いだけが大事であって、それが確保されたのなら、あとはどのように生きてもかまわない。

いうなれば、本能のおもむくままに自由に生きればいいのだと、大雑把に言えばそういう教えだったようです。

でも、イエス様が教えて下さったのは、その「人間の本能」や「ありのままの心」というのが、罪によって腐りきっているということでした。


「人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。(創世記8:21)」

「中から、つまり人間の心から、悪い思いが出てくる。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。(マルコ7:21-23)」


あまりに悲観的な人間観ですが、これが聖書が示している「罪人としての人間」の見方です。

その病んだ心の中からは、悪いものばかりが出て来て、自分自身を汚していく。

だから、ありのままの心でやりたい放題やっていいとは、とても言えません。それでは必ず、その人自身が汚れていくからです。


しかし、人間というのは本来そういうものではなかったのです。

本来は、特別なはからいをもって「神のかたち」に創造された、神の栄光をあらわす存在です。

イエス様は、そういう私たちの本来の姿を回復させてくださる方です。それが「救い」ということです。

そのために、罪に染まったこの病んだ心を、ゆるして、癒して、善い心につくりなおしていってくださるのです。


共に祈りましょう。

主よ、私たちはそんなに悪いものでしょうか。自分の心が病んでいることにさえ、なかなか気づけないものです。でもきっとそれが、罪に支配されているということなのでしょう。主よ、どうかこの病んだ心を、ゆるして、いやしてください。
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