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2017. 09. 14  
昨日から、聖書の教える「自由」ということについて考えています。

Ⅰコリント6:12の言葉が、よい方向に導いてくれるでしょう。

コリントの教会は、買娼などのみだらな行いもあれば、酒におぼれる者、強欲、泥棒、偶像礼拝・・などなど、問題だらけの教会だったようです。

大都会コリントの乱れきった空気に流されていたのです。そういう教会に対してパウロは教えます。

「『わたしには、すべてのことが許されている。』しかし、すべてのことが益になるわけではない。『わたしには、すべてのことが許されている。』しかし、わたしは何事にも支配されはしない。(Ⅰコリント6:12)」


私たちは、よい行いを積み重ねることで救われるわけではありません。

どんなに悪い行いを重ねても、キリストを信じれば救われる。そういう意味で、もう掟には縛られていません。

これをしなくてはダメ、あれをしてはダメという発想で考えているわけではないのです。「すべてのことが許されている」が基本なのです。

でも、それに甘えて、罪に流されるに任せていては、いつのまにか罪深い思いに「支配」されてしまいます。

それはいけません。せっかくその「支配」から解き放っていただいたのに、また戻ってはいけません。


どれだけダメだと分かっていても、異性に対してみだらな感情を抱いてしまうこともあるでしょう。

金銭の欲はすべての悪の根だと示されても(Ⅰテモテ6:10)、やっぱりお金がほしい、ぜいたくな暮らしをしたいという求めも残ると思います。

大事なのは、そういう思いに「支配」されないことです。むしろ、その思いを「支配・コントロール」するのです。

そういう力を、イエス様は、聖霊によって与えて下さいます。


共に祈りましょう。

主よ、わたしたちの心があなたの御心とぴったりと重なるようになるまで、私を完全に支配なさってください。あなたの愛と義で満たしてください。自らの罪と戦い、世の悪を悲しむことができますように。
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