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2017. 09. 15  
昨日の配信で、「どんなに悪い行いを重ねても、キリストを信じれば救われる」とあったことに、ひっかかりを覚えた方がいらっしゃったようです。

少し大雑把すぎる書き方でしたね。でも「信仰義認」という教理を、極端に原理的につめていくと、そういうことになるのです。

例えば、悪行の限りを重ねた人が、死の直前に悔い改めてキリストにすがるなら、救われるでしょうか。

救われるのですね。人間的には納得いかないことですが、私たちは自分が人生において積み重ねてきたものによって受け入れていただくわけではありません。

絶対不合格なのにイエス様の名前でパスさせていただくのであり、無罪と宣言され、神の子どもとしてあたたかい家に迎え入れられるのです。



だからといって、悪いことをし続けても大丈夫ですよと、お伝えしたいわけではありません。

そうではなくて、「良い子でいなければ・・」という重圧でいつも苦しんでいる必要はないのですよと、お伝えしたいと思います。

神様は「良い子になりなさい!!」と言っておられるわけではありません。

そうではなく、「わたしの子どもであり続けなさい」と言っていてくださるのです。「わたしから離れるな」と。この違いは大切です。



先の日曜日に与えられた御言葉も、そういう理解のもとに読んでいただけば、また響きが変わってくると思います。

こういう御言葉でした。「わたしたちの主、救い主イエス・キリストを深く知って世の汚れから逃れても、それに再び巻き込まれて打ち負かされるなら、そのような者たちの後の状態は、前よりずっと悪くなります。(Ⅱペトロ2:20)」

厳しい御言葉です。警告でもあります。しかし、神様が言っておられるのは「良い子でいなさい!!」ではありません。

「愛する子よ、わたしから離れないようにしていなさい」と、激しい逆風の中で、抱きしめていてくださるのです。



共に祈りましょう。

主よ、あなたに背く世にあって、義の道をつらぬくのは本当に難しいです。ダメな私をゆるしてください。でも、あなたの子どもとしていただいたから、私なりに精一杯、今日も戦ってこようと思います。主よ、わが父よ、私を離さずに守っていてください。
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