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2017. 11. 09  
「主の祈り」を考えています。「私たちの罪を赦してください。私たちもまた、私たちに罪を犯した者を赦します」と、このように祈りなさいと教えられています。

「神様から赦される」ということと、「私たちが誰かを赦す」ということは、分かちがたく一つに結びついています。

マタイ18:21からの仲間をゆるさない家来のたとえを思い出しましょう。

「兄弟が私に対して罪を犯したのなら、何回赦すべきでしょうか」というペトロに問いが最初にありました。

その答えとして「七の七十倍までゆるしなさい」とイエス様は言われ、その補足解説として、たとえ話がされています。

1万タラントンという多大な借金(日本円で数千億円くらい、とても返せない金額)をしていた家来がいました。

しかし彼は、王様のまったくの憐れみで借金をチャラにしてもらう。まさに「罪=負い目を赦してください」との願いが聞かれたわけです。

でもそうして赦された人が、仲間を赦さないのですね。

自分に対して百デナリオンというわずかな負債のある仲間を、赦さないで牢屋に入れてしまう。

それを耳にした王が心を痛められて、あれだけの大きな負債を赦されたのに、そんなわずかなことを赦さないとは何事だと怒ってしまう。

ここに示されているのが、赦されることと赦すことの一体的関係です。

本当に赦された者ならば、赦された喜びをよく知っている者ならば、必ず赦すことへと向かうのだ。

これがイエス様の確信であり、また私たちに対する願いです。

またそれがきっと、私たちの魂にとって、自由で幸いな道なのです。


共に祈りましょう。

主よ、あなたに出会って、はじめて「赦し」ということを考えさせられています。どうか私たちに、「罪の赦し」の喜びを、もっと深く、ゆたかに教えてください。きっとまだ私たちは、赦されるということの意味を、まだ十分に知らないのです。
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