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2017. 12. 07  
クリスマスとはどういう時であったか、ほとんどの人は知らないままに、毎年お祭りされています。

もちろん、それはイエス様がお生まれになった時です。そして、もう一歩進んで、イエス様がどういう希望を背負って生まれてきてくださったのかを覚えたくて、このシリーズに取り組んでいます。

偉大な王ダビデの再来としての「メシア」を、ユダヤの人々は待ち望んでいたと、昨日確認しました。

ユダヤの歴史を考えると、その思いがいかに切実であったかが分かります。

ユダヤ人と聞いて思い出すのは、何と言っても、ナチスによって虐殺された人々というイメージでしょう。

どうしてそんなことになったかといえば、彼らが国を持たない民として、ドイツなどの国で「よそもの」として生きていたからです。

なぜ「よそもの」にならねばならなかったかといえば、それは紀元66年から73年のユダヤ戦争で、ローマに反旗をひるがえした結果、徹底的に滅ぼされたからです。

そこへと至る歴史は、複雑すぎて、簡単には書けません。ローマやシリアの圧迫に苦しみ続けた、波乱の歴史でした。

その波乱のはじまりは、紀元前586年のバビロン捕囚という悲劇です。

そのとき、ユダヤ人は一度決定的に滅びを経験し、国を失い、「よそもの」として生きる宿命がはじまったのです。


そのような歴史を背景にして考えれば、どれほど切実に、「メシア」が待ち望まれたかが分かるでしょう。

国を立て直し、争いと苦難の歴史に終わりをもたらしたもう、偉大な王・・・。

イエス・キリストは、そういう希望を背負って、生まれてきてくださったのです。


共に祈りましょう。

主よ、はるかな歴史をかえりみながら、イエス様が生まれてきてくださったことの意味を考えております。どうか主イエスのもとで、神の義と愛と平和の王国が、立て上げられていきますように。主よ、御国を来たらせたまえ。
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