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2017. 12. 13  
旧約聖書には、「主人公のいない言葉」と言われている言葉があります。

これは一体だれのことを言っているのか・・・と、旧約の時代においては、よく分からないままになっていた預言のことです。

イザヤ7:14もそのような言葉でした。

「それゆえ、わたしの主が御自ら、あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。(イザヤ7:14)」


この預言は、ユダ王国(※南北に分裂したイスラエル王国の南の王朝)の王であるアハズに与えられたものでした。

ここにもまた、アッシリアの大王ティグラト・ピレセルがからんできます。

紀元前733年、アッシリアに対抗する同盟軍にお前も入れと迫って、周辺諸国がアハズ王に攻撃をしかけます。

アハズは、むしろアッシリアと安全保障条約を結ぶことで、そのピンチを逃れます。

しかしその代償として、アッシリアの国家神の崇拝を強要されることになりました。


預言者イザヤは、そのようになることを見越していましたから、その政策に反対していました。

そして、政治の力ばかりに頼らずに、神に信頼して「静かにしていなさい(イザヤ7:4)」とアハズに忠告していました。

でもアハズは、それを聞きませんでした。

イザヤは、神様に祈って「しるし」を求めなさいとも言いました。

しかしアハズは「わたしは求めない。主を試すようなことはしない」と答えました(イザヤ7:12)。

これは、とても敬虔な畏れ深い人の言葉のように思います。でも、イザヤの鋭い目は、そこに隠されている不信仰を見抜きます。


そして、あなたが求めようとしないのなら、今や神のほうから、ご自身の「しるし」を与えてくださると言って、あの預言を語るのです。

「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ばれる。」

インマヌエルとは、「神は我らと共におられる」という意味です。

このようにして生まれてくる「男の子」とは誰のことなのか・・・謎は解けないまま、時は過ぎました。

やがて、700年後に、イエス・キリストが誕生したときに、謎はようやく解けたのでした。


共に祈りましょう。

主よ、旧約聖書は難しくて、あまり読んだことのないという方も大勢います。どうか、わたしたちの心を照らしてくださって、旧約聖書を理解させてくださり、イエス・キリストにおいて成就された希望の大きさを悟らせてください。
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