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2017. 12. 29  
今年一年を個人的に振り返ると、本当にたくさんの奉仕がゆるされたということに、感謝を覚えます。

同時に、自分の心身の貧弱さや、器の小ささということも覚えさせられた一年でした。まさに土の器・・・。

ともすると、「自分はこんなにすごい」と言いたがる愚か者ですが、それもまた私の心の抱える弱さです。その弱さを受容してくださる周囲の方々と、神の愛に、図々しく甘えさせていただいているものです。

自分の罪深さということも、年々、深く知らされるものですね。皆さんもそうでしょう。

時に神様は、それを徹底的に知らせるために、いろいろな仕方で、外から働きかけてくださいます。

神が送られる隣人によって、隠していたかったことが暴かれたり、自分の問題性を強く指摘されたりして、深く落ち込むこともありますね。

あるいは、時には夢を通して「お前は罪人なのだ」と、語りかけてこられることもあるでしょう。

そんな時のどうにも行き場のない、頼りない心持ちを、今年も経験しました。

つらいなあと思います。でも、救いはそこから始まるというのも本当です。


ルカ18章の「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえを思い出していました。

自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下しているような人の象徴として、「ファリサイ派の人」が描かれます。

彼はこんな風に祈ります「神様、わたしは他の人たちのように、悪いことはしませんでしたし、あなたに喜ばれる立派な奉仕をたくさんしました。愚かな徴税人のような者でないことを感謝します。」

一方で、罪深い「徴税人」の祈りの姿が、このように描かれます。

「ルカ18:13 ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください・・・。』」

イエス様は、言われました。義とされたのは、この徴税人のほうなのだと。


共に祈りましょう。

主よ、わたしたちは自分が罪人だと口では言いながらも、何も分かっていない者であったことに、また気付かされています。主よ、まことに愚かです。このような者を憐れんでください。今年与えられた、すべての気付きに感謝いたします。
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