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2018. 02. 17  
今週は偶像崇拝の問題ということを考えてきました。

明日は、主の日の礼拝です。わたしたちのなすべきまことの神礼拝は、どこが違うのでしょうか。

ひとつの決定的なポイントは、偶像はものを言わないが、主なる神は言葉を語られるということです。

詩編115:2-8をお読みください。

「国々の偶像は金銀にすぎず、人間の手が造ったもの。口があっても話せず・・・のどがあっても声を出せない。・・」


改革派の会堂には何もないので、「何を拝んだらいいの?」と言われる方もしばしばです。

でも、目に見えるものに心を奪われずに、神が、今語りかけてくださる、ライブな御言葉に集中するのです。

神の御前に静まって、自分の言葉をいったんすべて捨て去って、自分の外から聞こえてくる御言葉に聞くのです。

自分が聞きたくないことも、今まで聞いたことのなかったことも・・・。

そして、そういう語りかけを受け止める時に、わたしたちのうちに新しい祈りが生まれます。賛美の思いが起こされます。

そういう、ライブな、生きた声をもって神に語りかけるのです。

わたしたちの礼拝というのは、そんな神との生きた対話です。


共に祈りましょう。

主よ、あなたは生きておられます。今週も、あなたと語らいながら、日々励まされ、戒められて歩むことができました。明日、ゴー先生を用いてくださって、あなたの御言葉を聴かせてください。
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