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2018. 05. 15  
昨日は久しぶりにゆっくり休養でき、おかげで今朝は寝坊してしまいました・・。

ローマ1:17はまた明日からにしまして、今日は9年前に取り組んだ、ローマ8:1-17の敷衍訳をお届けします。

今日、埼玉のKさんをおたずねし、いっしょに読もうと思っています。

ペンテコステに向けて、「聖霊」をいただいた恵みを豊かに教えてくれる聖句です。とても長いですから、お時間のある時に読んでください。

共に祈りましょう。

主よ、今日も聖霊において、あなたが共にいて下さることを感謝します。わたしのうちにあなたが始めてくださった新しい人間を、今日も御言葉によって成長させてくださって、光として、神の子として、ふさわしく整えてください。あなたに用いられやすい器となっていくことができますように。


*******************
1 こういうわけで今や、洗礼を受けてキリストに結び付けられ、キリストに連なる者とされた人々が、懲罰を受けて、罪の牢獄から永遠に解放されないような裁きを与えられることは絶対にありません。
2 なぜなら、聖霊の御力によって命を与えてくださるという仕方での、神の新しい支配が、罪と死に支配された泥沼の悪循環から、私たちを解き放ってくださったからです。
3 これまでにも確かに神は、聖なる律法を与えて命の道を示してくださいました。でもそれをいただくだけでは、悪循環を抜け出すことはできませんでした。私たちの腐敗した本性のままでは、それを守ることができないからです。それゆえに、命をもたらすはずの律法が、かえって私たちの罪を目覚めさせ、神への反逆を生み出すことになり、私たちを呪いの死に導くものになってしまいました。
  しかし憐れみ深い神は、そのような私たちを救うために、まったく新しい救いの業を実現してくださったのです。すなわち、神の独り子であるイエス様を、罪の支配下にある無力な私たちと同じ姿で、この世に遣わしてくださったのです。そして御子は私たちに代わって、私たちの代表として、自ら呪われた者となって、十字架の上で命をささげてくださいました。その御子の十字架の死によって、神は私たちの罪を、正しく罪として処断されましたから、私たちはもはや責めたてられることはありません。しかも私たちは、私たちをがんじがらめにしていた罪の支配から解き放たれ、イエス様が与えてくださる聖霊による新しい支配の下に入れられたのです。
4 今や私たちは、この聖霊の助けによって、神のみこころを行うまったく新しい人間として歩むことが可能になったのです。もはや私たちは、古い罪深い自我の言いなりになることもありません。

5 腐敗した本性の言いなりになっている人は、自分を喜ばせるためにだけ生きています。しかし聖霊に導かれて歩む人は、神のみこころに従い、神を喜ばせるために生きます。
6 聖霊に導かれるままに追い求めるなら、命と平和が待っています。しかし、本性のままに追い求めるなら、行き着く先は滅びの死です。
7 古いままの私たちの本性は、神様に敵対するからです。私たちの腐敗した本性は、神様の律法に完全に従ったことなど一度もなかったし、従うことなどできもしないのです。
8 そんな古い罪深い自我に支配されて、欲望を追及し続ける者は、決して神を喜ばせることなどできません。

9 しかしあなたがたはそうではありません。あなたがたは本性に従う者ではなく、聖霊に導かれて歩む者たちです。確かにあなたがたのうちに、神の霊が宿っておられるのですから!!もし、その人のうちにキリストの霊が宿っておられないなら、その人はキリスト者ではありません。
10 しかしあなたがたのうちには、確かにキリストがおられるのです。
それゆえに、たとえあなたがたの肉体が、なお残存する罪のゆえに死に果てたとしても、あなたがたを義とする聖霊が、あなたがたのうちにあって命であり続けるのです。
11 そしてあなたがたのうちには、イエス様を死人の中から復活させた神の霊が宿っておられるのですから、キリストを死人の中から復活させた方は、あなたがたのうちに宿っておられるその力ある霊によって、あなたがたの死ぬべき体をも必ず生かしてくださるのです。

12 ですから、愛する兄弟たち。私たちは、この聖霊の導きによって歩むべきです。あなたがたの古い罪深い自我がどんなことを要求しても、それに応じる必要はまったくありません。
13 もしあなたがたが、腐敗した本性に従い続けるならば、あなたがたは必ず死にます。しかし聖霊の助けによって、邪悪な行いを打ち砕くならば、あなたがたは生きるのです。私たちはこの地上に生きる限り、常に誘惑にさらされますが、聖霊が助けてくださいます。
14 神の霊によって導かれる人は、だれでもみな神の子だからです。
15 あなたがたは罪と死の支配のもとで、奴隷のように恐れに満たされた日々を送っていました。しかしあなたがたが神の霊を受けて神の子とされました。それは神の家でもう一度恐怖の奴隷のようになったということではなく、恵みによって、神様の子どもとして家族の中にあたたかく迎え入れられたということです。だから私たちは、「アバ、お父さん」と大声で呼んだらいいのです。
16 私たちが神の子どもであることは、聖霊ご自身が、私たちの霊と共に証言してくださいます。
17 そして私たちが子どもであるということは、同時に神様の財産の分け前をいただく相続人であるということです。神様が独り息子であるイエス様にお与えになったものを、私たちもいっしょに受けることができるということです。
私たちはイエス様といっしょに苦しむなら、イエス様といっしょに栄光を受けることになるのです。
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