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2018. 06. 28  
ローマ書を一節ずつ読んでみる。今日は1:20です。

<私訳>「というのは、目に見えない神の本性、すなわち神の永遠の力や神々しさは、世界の創造された時からこのかた、神がお造りになったものによって知られ、見られている。だから、彼らには言い訳はできないのです。」


人間がみんな聖書を読んでいるわけではなく、それゆえに、まことの神をはっきりと知らされているわけではありません。

このローマ書の背景で言えば、帝国の首都ローマにはたくさんの人がいるわけですが、ユダヤ人が信じて来た主なる神を知っている人はごくわずかです。

99%が異教徒の日本と、状況は同じです。圧倒的多数が、聖書の神、まことの神を知らないでいる。

しかし、だからといって彼らには「言い訳はできない」とパウロは言います。

それは、彼らにも、神についてある程度「知り得るほどのこと」が明らかにされているからです(19節)。


今日の20節では、「神がお造りになったもの」によって、「神の永遠の力や神々しさ」が、ある程度「知られ、見られている」と教えられています。

「知られ」とあるのは、「ヌース(心、思考力あるいは理性)」という言葉からの派生語です。

私たちが持っている「心、理性」も、神が造って与えてくださったものです。まことの神を見失っていても、なんとなくその存在を覚え、悟るような「心、理性」というものが、人間には初めからセッティングされていると考えるといいでしょう。

あるいは、大自然に圧倒されることで、なんとなく「神々しさ」を覚えるということは、よくお分かりだと思います。

それゆえに、もろもろの偶像崇拝というかたちで、間違った神々への信仰が起こってくるのですね。


共に祈りましょう。

主よ、あなたをはっきりとは知らないままに、それぞれに勝手なものを拝んでいる人間の、その錯誤をあわれんでください。赦してください。そして、聖書を通して、あなたご自身をはっきりと知らせてくださり、あなたのもとへ導いて下さい。そのために、私たちを用いてください。
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