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2018. 07. 20  
ローマ書は1章が終わりましたので小休止。今日は、質問をとりあげます。

イエス様は敵をも愛しなさいとおっしゃいますが、詩編には、5:11、9:20、59:14など、敵を滅ぼしてくださいとの激しい怒りの祈りがあります。どう考えたらいいのですか?との質問をいただきました。

これは難しい問題ですね。ここでは簡潔に答えようと思いますが、本当はそんなに簡単にスッキリしていいものではない、ずっと悩みながら考え続けていきたいことです。

答え方にもいろいろあると思います。今の私が思いつくのは、以下のような視点です。


①まず、神の愛と神の正義ということを考えましょう。

神は御自身に敵対する人間をも愛されつつ、彼らの暴虐なふるまいに対しては、正義の怒りを発せられます。

それは愛ゆえの怒りとも言えます。

だから私たちも、愛の教えを胸に覚えつつ、信仰者に対して悪を行う敵がふさわしく裁かれるようにと、神の正義に訴えるということは可能です。

敵を愛するというのは、敵が悪いままのさばるのを放任するということではないからです。


②霊的に解釈し、「わたしたちを苦しめる罪の力、サタンの攻撃を打ち破ってください、滅ぼしてください」という祈りとして考えると、スムーズに受け取れる場合は多いです。


③こういう祈りは、自分自身のために祈っているのではなく、神を愛する信仰者が、神様のために祈っていると理解することも大事です。

つまり、敵対者たちによって神があなどられ、コケにされているという現状に我慢ならず、「神様、あなたの御力をあらわして、あなたのご栄光を回復してください」と祈っているのです。


④こういう祈りは、自分自身が敵や迫害者に囲まれ、苦しみの状況に置かれていない時には、決して分からないものでしょう。

例えば、詩編137:9には、敵であるバビロンの幼子たちを岩にたたきつけて殺す者たちは幸いだ!、とのすさまじい呪いの言葉があります。

でもこれは、この詩編を受け継ぐイスラエルの民自身が、かつて経験した悲劇なのです。

幼子たちを岩にたたきつけて殺された、深い深いトラウマを抱えているのです。

詩編にあるような怒りや呪いの言葉を考える時には、それを発せざるを得ないような状況に置かれている人のことを想像し、「泣く者と共に泣く」ということも必要だと思います。


共に祈りましょう。

主よ、今日も暑さの厳しい一日になると思います。私たちの弱さを憐れんでくださって、体も魂も、あなたの御翼の陰で休ませてください。今日も御言葉に導かれて、確実な歩みを進めることができますように。
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