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2018. 09. 18  
ローマ書を一節ずつ読んでみる。今日は、2:9-11です。

<私訳>「苦しみと悩みは、すべて悪を行う人間存在の上に支払われます。ユダヤ人はもとより、ギリシア人にもです。栄光と誉れと平安は、すべて善を行う者に。ユダヤ人はもとより、ギリシア人にもです。なぜなら、神にはえこひいきがないからです。」

神には「えこひいき」がない。ゆえに、差別も偏見も分け隔てもない。

これは、自分たちは特別な神の民だという選民意識によってプライドを保っていたユダヤ人にとって、受け入れがたい真理でした。

ユダヤ人の意識は複雑です。彼らはバビロン捕囚の時に一度国を失って以来、世界中に散らばりましたが、どの場所にあっても、周囲に同調しないで独特の生活習慣に生きる変人たちとして、なんらかの差別の対象でした。

その反動でしょうか。ユダヤ人たちもまた、自らのアイデンティティーを確立しようと戒律主義を強め、主なる神を知らない他民族を「汚れた異邦人」として差別しました。

日本のキリスト者である私たちも、同じような意識構造の中にいませんか・・・。


このような意識でもって、ローマ社会で肩ひじ張って生きていた、パウロの時代のユダヤの人々。

しかし、パウロが伝える「福音」は、そういう考えを根底からひっくりかえすものでした。

今や神は、「まだ神を知らないすべての人々に、信仰すなわち従順をもたらすため(1:5)」に、自分を遣わされているとパウロは言いました。

今や、イエス・キリストに対する「信仰すなわち従順」という「善」を行う者は、どんな人であれ、神の国の「栄光、誉れ、平安」にあずかる。

その反対の「悪」、すなわちキリストへの反逆を継続するなら、終わりの裁きにおいて「苦しみと悩み」が支払われる。

だから、だれでも救い主キリストのもとに来なさい。それがパウロの伝えた「御子の福音(1:9)」でした。

神には、えこひいきはないのです。


共に祈りましょう。

主よ、私の内にも、つまらない特権意識があって、神を知らない人々を偏り見ていることに気付かされました。滅びてしまえばいいと、心のどこかで思ってしまっているような、私の「悪」を砕いて、直してください。そして福音を喜び伝える者にしてください。





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