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2018. 09. 20  
ローマ書を一節ずつ読んでみる。今読んでいる2章のところはややこしいですね。

神はえこひいきなさらない。だから選びの民と自認してきたユダヤ人でも、特別扱いされませんよ。

神様の「律法」をもってるだけで、ちゃんと行わないなら裁かれるのですよ、ということをパウロは言っています。

「律法」とは、私たちの感覚で言えば「聖書の教え」です。聖書をもってるだけじゃダメだということです。

他方で、えこひいきがないということで言えば、ユダヤ人ではない異邦人たちも、まったく同じ扱いを受けます。

つまり、「律法」すなわち「聖書の教え」をちゃんと行っていないなら、等しく裁かれるのです。

とはいえ、そう言われてしまうと、異邦人サイドからしますと抵抗があるでしょう。

だって、「聖書」なんて読んだこともないのに、「聖書の教え」に従ってないと言われても・・・、という困惑です。

でも、パウロは言い訳をゆるしません。

なぜなら、たとえ「聖書」をもっていなくても、すべての人間には、ある程度は、神様の教えがすでにインプットされているものなのです。

人は皆、神に似せて、神のかたちに造られたものであるからです。

非キリスト者であっても、時にすばらしい道徳的偉業を成し遂げる方がいます。そういう方々を見ると、確かに「聖書」をもっていなくても、人間は神様の教えを知らされているのだと思わされます。

もちろんそれは、今は罪ゆえに、不完全ではありますが。

今日のローマ2:14は、そういうことを言おうとしている言葉としてお読みください。

<私訳>「というのは、律法をもたない異邦人が、自然の秩序に従って律法の命じるところを行うような場合は、律法をもたなくとも、自分自身が自分にとっての法となっています。」


共に祈りましょう。

主よ、まだ聖書を知らないすべての人たちが、福音に触れて、命の道に回復されますように。また、すでに聖書を与えられている私たちが、その教えを行うことができますように。
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