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2018. 09. 26  
ローマ書を一節ずつ読んでみる。今日は2:16です。

ここまでの文脈は、聖書を知っている神の民も、そうでない者も、それぞれの行いに応じて裁かれると言われてきました。

神様がお求めになることは、聖書を全然知らない人たちにも、ある程度は、その心に記されているからです。

そういうことが、全部明らかにされるのは、終わりの時だと教えるのが、今日の16節です。

<私訳>「私の福音によれば、神が、人間たちの秘密のことがらを、キリスト・イエスによって裁かれる日に。」


「秘密のことがら」、隠された、人に分からない、人間の心の奥底にある内密の部分です。

そういうところが、すべて見られている。そして、全部ありのままに、イエス様によって裁かれます。

そのことを真剣に考えだすと、やはり恐ろしいと言いますか、逃げたいという思いがとても大きくあります。

ただ、こういう裁きの日のことをも、「私の福音」だとパウロは言っています。

キリストがそのように、裁き主として君臨されることが、福音、よき知らせです。

そこで、この世で裁かれることのなかった悪しき者は裁かれます。

私たちもまた、必死で隠そうとしてきたすべてが開かれ、裁かれるその時に、初めて真の解放感が与えられ、魂は平安を得るでしょう。

キリストを信じて生きる者には、裁きと同時に、赦しがあるからです。すべてが受け入れられるのです。


共に祈りましょう。

主よ、あなたは私のすべてをご存じです。願わくは、ありのままのわたしを赦し、受け入れてください。そして、ありのままの私を、作り変えていってください。私の心が、あなたの御心とひとつになっていきますように。
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