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2018. 09. 28  
ローマ書を一節ずつ読んでみる。今日は2:19-21aです。昨日に続いてユダヤ人への訴えですが、キリスト者である自分への語りかけとして聞きたいと思います。

<私訳>「また、律法の中に示された、具体的な形での知識と真理を持っているので、あなたがたは自らを、盲人の案内者、暗闇に迷う者の光、愚かな人のしつけをなす者、未熟者の教師であると確信しています。ならばなぜ、他人は教えて、自分には教えないのですか。」


「律法=聖書」というのは、私たちが何を信じ、どう生きればいいのかという、非常に具体的な教えが記されています。

だから、それを持っている人は、確かに「案内者、光、しつけ手、教師」として自任してよいのです。

むしろ、そういう役割・責任があると言ってもいいと思います。

でも、それを果すことができないのが、私たちの残念な実力です。

責任を果すことができていないのに、自意識だけが過剰な人ほど、みっともない人はいません。


その反対に、そういう役割・責任から逃げるようにして、「自分はダメな信仰者だから証しにならない」と、いつまでも同じことばかり言っている。

そういう、謙遜という名を借りた不信仰も・・・。



神の前に自分を真実にへりくだらせ、自分を明け渡し、その御心を我が心とすることは、いかに難しいことか。

共に祈りましょう。

主よ、この日本という国にあって、選ばれ、あなたとの出会いをゆるされた私たちの幸いを感謝します。どうか私たちに、必要なだけの誇りと謙遜とを与えてくださって、地の塩・世の光として用いてください。
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