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2018. 10. 18  
ローマ書を一節ずつ読んでみる。今日からは3章に入ります。4月から始めて、約半年で2章進みました。

3章は21節のところから、いよいよこの手紙の中核部分に入っていきます。でも、そこに至る1-20節の流れが分かりにくい。

木を見て森を見ずになってしまわないように、今日はその全体のおおまかな文脈を予測しておきましょう。


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昨日までの議論で、「律法」や「割礼」はユダヤ人の選民としての特権を保証しないと、厳しく批判されてきました。

でも、ユダヤ人が「優れた点=他の民族と違う点」があります。

それは、「神の言葉をゆだねられた」ということです。特別な役割、使命です(1-2節)。

歴史的に考えて、ユダヤ人がいなければ、神の言葉が保存されて伝えられることはなかったでしょう。


そうして、ユダヤ人という器によって運ばれてきた神の言葉において伝えられている神様は、真実な神様です。

もしもその神の真実が疑われるとすれば、それはユダヤ人が不真実だからです。

しかし、器が汚れていたとしても、中身は真実ですと、パウロは言っているのだと思います(3-4節)。


大事なのは、神は真実な方であると認めることです。

その神の真実をねじまげ、自分に都合よく理解しようとする、人間的な屁理屈があります。

そういう屁理屈をやっつけるのに、少し横道にそれるのが5-8節です。どういう屁理屈であるかは、またあとでじっくり見てみましょう。

いずれにしろ、それは断じて違う!!というのがパウロの結論です。

神はどこまでも真実であられて、その神の前で、人間も真実であらねばならない。それが、神との本来の契約関係なのです。


しかし、それができない。人は誰もが罪人であって、ユダヤ人であってもギリシア人でも日本人でも、だれ一人神の前で真実ではありえない。

神様の基準を満たすことはできないから・・。それが9-20節に書かれていることです。

だから、21節以降の福音が必要になるのです。イエス・キリストを信じることによって義とされるという、福音です。


共に祈りましょう。

主よ、ローマ書3章を通して、改めて福音を丁寧に教えてください。時代は変わっても、変わることない永遠の真理を。今、この混迷の時代にこそ。様々な雑事に追われて、呼吸が浅くなっている私たちの現実にこそ、永遠のよき音ずれを・・・。
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