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2018. 11. 01  
宗教改革記念日を覚えて。今日は、聖書の大切さを思い出しましょう。

申命記5章24-25節「我々の神、主は大いなる栄光を示されました。我々は今日、火の中から御声を聞きました。神が人に語りかけられても、人が生き続けることもあるということを、今日我々は知りました。しかし今、どうしてなお死の危険に身をさらせましょうか。この大きな火が我々を焼き尽くそうとしています。これ以上、我々の神、主の御声を聞くならば、死んでしまいます。」


宗教改革者たちは、ひたすらに聖書を読んだ人たちでした。

当時の教会の教えに縛られることなく、聖書を原語で読み、新鮮な福音の再発見に身を躍らせました。

それを人々に身近な言葉に訳して提供したので、誰もが神の言葉に触れることができるようになりました。

あの時代、人々は「神からの語りかけ」を聞く喜びに満たされていました。


以前に、預言書の難解な言葉を前にして聖書の通読に挫折しそうになった方が、「聖書は神からの語りかけを記した書物です」という言葉を聞いて、すーっと力が抜けて、全然違った思いで読めるようになったと証しを伝えてくださいました。

生ける神である主は、聖書を通して、私たちに語りかけてこられます。偶像は、物言わぬ死んだ神です。


今日の申命記の言葉にあるように、神から直接語りかけられるというのは、本来恐るべきことです。

そういう御声を、神は聖書に封じてくださり、私たちが触れることができるようにしてくださいました。

今や私たちは、本としての聖書があまりにも身近すぎて、そのおそれや驚き、そして喜びが見えにくい世代かもしれません。

聖書を通して、今日も神が語りかけてくださいます。


共に祈りましょう。

「主よ、お話ください。僕は聞いております。(サムエル記上3章10節)」今日も聖書を通して、私たちが聞くべき言葉を語ってください。それを聞き分けることができるように、耳を、心を、開いてください。
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