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2018. 11. 06  
宗教改革記念日を覚えて、あと2回です。

宗教改革は、本質的に教会改革でありました。

ルターが最初期の書物において強調しているのは、信仰における神の前での「身分の平等」です。

中世においては「聖なる教会」と「汚れた世俗」の差は根本的なものとみなされました。

しかしルターは、腐敗したローマ教会の聖職者位階制度に対する激しい批判を込めて、いわゆる聖職者と世俗人との間には、一切の身分上の差別は存在しないと主張しました。

聖書によれば、われわれはみな一つの洗礼、一つの福音、一つの信仰をもつ同じキリスト者であり、すべての者が聖別された「祭司」として、神に仕える存在とされていると再発見したのです。

ルターは、「みなが教皇なのだ」とさえ言いました。

これを「万人祭司性の原理」と言います。


教会は一部の聖職者のものではなく、みんなのものです。

互いに罪を告白し、執り成し合い、キリストの赦しを語り合う「聖徒の交わり」であり、神の家族、神の民です。

それぞれに委ねられる働きには違いがあっても、そこにはお客さんは一人もいません。

それぞれが神様から与えられている務めと賜物があるのです。

「しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。(Ⅰペトロ2:9)」


共に祈りましょう。

主よ、今日も世俗の社会に生きる私たちすべてのキリスト者を用いて、あなたの御業をすすめてください。あなたの御栄光が、わたしたちの家で、学校で、職場で、また教会で、ゆたかにあらわされますように。
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