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2018. 11. 09  
昨日、戦前から戦後にかけて活躍された村田四郎牧師の説教を読んでいて、学ばされたことを紹介します。

Ⅱコリント4:8-10にこうあります。

「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰らず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち破られても滅ぼされない。わたしたちは、いつもイエスの死を身にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。」

パウロという人は、ここで言われているような、さまざまな困難、苦悩を味わった人でした。

しかしパウロは、そんなこと何とも思っていない。

なぜならば、彼は死に切っているからだと、村田先生は解き明かしました。

この世の中で迫ってくる事柄に対して、すでに死んでしまっている。

十字架のイエス・キリストと共に、古い自分はもう死んだのであって、もうこの地上で何が起ころうが問題ではない。

肉体の死というものも、もう何にも問題ではない。恐怖でも何でもない。

なぜなら、もうすでに死んでしまっているのだから。

いつもイエスの死を身にまとっているというのは、そういうことなのだと言われます。

でも、そのようにして死ぬからこそ、キリストと共によみがえることもできるのです。

古い自分が十字架にかけられて終わりを告げて、死んで死に切ったところに、キリストと共に生きる新しい命が始まってくる。

永遠の輝きを帯びた、不滅の命が始まるのです。その人が、本当に生きるということが起こってくる。

信仰生活というのは、そういうものなのでしょう。


共に祈りましょう。

主よ、この地上での生においてすでに私は死んでいるということが、まだよく分かっていない私たちであるのだと思います。すさまじいことが言われているのだと思います。主よ、分からせてください。そして、新しい命を私のうちに始めてください。
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