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2018. 11. 20  
ローマ書を一節ずつ読んでみる。3:10-12は旧約聖書の詩編14:1-3(53:2-4も同じ)からの自由な引用です。

今日は短く、最初の10節だけ。

<私訳>「聖書にこのように書かれています。『正しい人はいない。一人もいない。』」

「正しい人=ディカイオス」は、1:17においては「神に従う人」と訳していたのと同じ語です。

わたしたちにとって「正しい」とは、創造者である神の御心にぴったり沿って「従う」ことです。

しかし、そんなことは誰一人できないのです。イエス・キリスト以外は。


先日、山浦玄嗣先生の「ケセン語訳」を紹介しましたが、同じ本の中で、「人を裁くな」という教えについての解説が印象的でした。

山浦先生は「人を裁くな」という教えはとても大切だとしたうえで、「人の善し悪しをいうな」と訳し直します。

以下、引用です。

「われわれは日頃いとも簡単に人の善し悪しをいいます。誰でも自分がいちばん正しいと思いたいし、事実そう思っているものです。それですぐに他人の行いを批評したがります。

でも残念ながらそれが良い実を結ぶことはほとんどありません。十中八九、善いことはいわず、悪いことに力点を置くからです。

もちろん、言われたほうは面白くありませんから、反発し、逆に相手についての善し悪しをいいます。こうしてけんかが始まります。

この世の中のありとあらゆる争い、戦争は、みな正義と平和の旗印のもとに行われてきました。人の善し悪しをいいつのったあげくの悲劇です。

(中略)多くは人の善し悪しをいい過ぎて、人と人との関係を決定的に破壊してしまい、悲惨な結末にいたるのです。

それでイエスはいいます。『お前さんたちは自分が振りかざすその善し悪しで自分も善し悪しを見られ、自分が測るその物差しを今度は我が身に当てられるのだ。』

完全な人はありません。他人を批判する基準で自分自身を振り返ってみると、実は自分もまた善し悪しをいわれなければならない身であると気づくものです。」


共に祈りましょう。

主よ、私にへりくだりの心をください。相手の言うことを大切に受け止める愛をください。どのように考えたらいいのか、分からなくなります。自分がまったく正しくないわけではないのだと思います。相手の側にある間違いにも気付いてほしい。どうして自分ばかりが謝らなければいけないのかと、腹が立ちます。主よ、正しさを主張し合う私たちの罪深さを、どうか赦してください。愛の心で満たしてください。
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