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2018. 11. 22  
ローマ書を一節ずつ読んでみる。今日は3:12です。

<私訳>「すべての人が迷い出て、役に立たない者になってしまった。善を行う者はいない。ひとりもいない。」


「迷い出る」としましたのは、聖書で3回しか用いられていない語です。「反れる、背く、遠ざかる、道を踏み外す」などの翻訳が可能です。

これは、まっすぐな神様のものさしからズレている、ということです。

「役に立たない」というのは、ここだけに出てくる語です。「無益な、堕落した」という訳もあります。

神様を喜ばせる最愛の作品として生み出された者たちが、堕落し、本来の姿を損なったということを意味するのでしょう。


人間はみんなことごとく神から迷い出ています。

それは、日本語でいうところの「迷い」ということとは別物です。

「信念に基づく迷いのない決断」で、どんどん進んでいく人がいます。今話題のゴーンさんなども、そうかもしれません。

神から迷い出ていても、全然行動にブレがない、迷いがないという人はいっぱいいるのです。

むしろ、クリスチャンとして神に立ち帰り、神の御心に自分の心を沿わせていきたいと願うなら、前よりも「迷い」が多くなるかもしれない。

なぜなら、自分の判断が100%正しいとはもう考えられないからです。

祈って祈って祈って考えても、本当にそれが神の御心なのか、決定的には分かりません。

だから、最後まで迷います。自分はどうしたらいいのだ、と。

私たちは誰一人として、完璧に正しい判断はできません。だから、この罪深い存在を全部おゆだねして、思い切って、飛び込んでいくしかないのです。

それがルターが言うところの、「大胆に罪を犯せ」ということの意味でしょう。

どうやっても間違ってしまう私たちですが、神の御心と一致したいとの願いがあるなら、もうそれで十分だ。

あとは思い切ってやりなさい。神は、私たちの「無益」な失敗をも用いて善をなされる。万事はかならず「有益」となる。

神にゆだねて、思い切ってやりなさい。そういうことです。


共に祈りましょう。

主よ、今日も間違いだらけの私たちの歩みですが、どうか受け入れてください、見守っていてください。あなたが喜んでくださるように、大切に歩みます。そして私が私自身をもっと喜び、出会いを喜び、食事を喜び、与えられた働きを喜ぶことができますように。
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