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2018. 11. 23  

先日、うれしい語らいの時が与えられ、互いの魂の平安のために祈りました。

昔は見えていなかったものが、よく見えるようになってきたと証しをしてくださいました。

イエス・キリストの恵みということが、実に、言葉にできないような深さ、広さ、高さ、大きさをもっているということも、分かってきたとおっしゃる。

ですから私も申し上げました。

人間の言葉にはどうにも言語化し得ないからこそ、神は人となって来てくださったのでしょう。

イエス・キリストは、「神の言」すなわち「神の思いのすべて」であると、ヨハネ福音書に言われています。

その思いのすべてを届けるようにして、受肉して、わたしたちのところに来てくださいました。


ヨハネ福音書1:14「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」

キリストが来てくださった。もう、これでいいのです。そこにすべてがあります。

次の主日に分かち合う、黙示録の最後のところ。

聖書66巻の最後の最後は、こういう祈りと祝福で締めくくられています。

「主イエスの恵みが、すべての者と共にありますように。」


共に祈りましょう。

主よ、主イエス・キリストの恵みで、わたしたちの小さな魂をいっぱいに満たしてください。恐れや不安の入り込む余地のないくらいに。そして、その祝福があふれだして、わたしたちの周りにまで及ぶほどに。



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