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2018. 12. 04  
クリスチャンに独特の言葉遣いを天国人のボキャブラリーとして紹介していますが、前回に続いて「自由」という言葉を考えます。

聖書の示す「自由」とは、私たちの真の支配者である神様以外の何者にも縛られない、支配されない、従わないということだと言ってもいいと思います。

使徒言行録の5章29節には「人間に従うよりも神に従わなくてはなりません」という御言葉があります。

たとえ親や教師、また会社の上司であれども、地域の実力者、国家権力であれども、あるいは相手が牧師であれども同じです。

自分は神様以外の何者にも支配されないという魂の自由が問題です。

聖書の教えに従って平和主義を貫いて兵役拒否をした信仰者の話を聞いたことがあります。

そのためにしばらく牢につながれることになりましたが、魂はどこまでも平安で、これまでに味わったことのない自由の喜びを覚えたということでした。

あるいはまた魂の自由という時には、わたしたちの心を縛ろうとしているこの世の力や世俗主義への抵抗ということも考える必要があります。

私たちの魂は無色透明ではありえませんで、世間の常識とされる価値観に知らず知らずに縛られていて、かなり不自由になっています。

そういう「自分の不自由さ」への気付きこそが重要です。

「今はみんなこういう考えで生きている。これを知らないと流行おくれ、非常識・・・。」

そういう価値観の押し付けに対して、私には関係ないと、ひとりでキリストの道を行く、そういう自由があるのです。


共に祈りましょう。

主よ、ひとりひとりが厳しい現実の中を生きていて、思うに任せぬ人間関係もあることでしょう。窮屈に心を封じられて、苦悩している人もいるかもしれません。どうか主よ、私たちに、キリストの道をひとりで歩む勇気を与えてください。
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