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2018. 12. 26  
今日は今年最後の祈祷会があります。今年それぞれに与えられた恵みを、小グループで分かち合って、主に感謝をしたいと思います。

日ごろ集うことのできない方も、ぜひ一緒に祈りましょう。

ゆるされれば、それぞれが今年大事にしてきた御言葉も分かち合ってください。「この言葉がずっと心にとどまっています・・」と。

例えば私の場合は、今年は祈祷会での60周年宣言「終末の宣言」の学びや、主日礼拝で黙示録を分ち合ったことが印象的です。

終わりの時の希望ということを、ずっと考えています。

「主よ、早く来てください。すべてを新しくしてください」と、主の再臨を待ち望む祈りを強くしています(黙示録22:17)。

それは、現実の社会に、より根本的には人間について、絶望しているということの裏返しでもあるでしょう。

自分についても絶望しているのです。

主が再び来てくださるその時、私はとてつもなく恥ずかしい思いをすることでしょう。

最後の審判において、すべての罪が暴かれ、言い訳もできないで、首を垂れるよりない自分を想像します。

でも、そのわたしが、キリストの贖いのゆえに赦されているのです。その無罪判決がいよいよ確定するとき、それが終わりの時です。

私たちを裁く方は、また同時に私たちを守って下さる最強の弁護人でもあります。

私のために死んでくださった方が、私を完全にきよくするために来てくださるのです。

この方は、万物を再創造する救済者として、この絶望的な「世」を更新し、永遠の朝をもたらしてくださいます。

その希望の日が、まさに来らんとしている。主は、すぐに来る。もうスタートを切っておられ、来つつある。

だからこそ、私たちは、決してあきらめることなく、今を生きるのです。主に忠実に生きたいと願うのです。

そういう終末論的な希望の構造の中で、歩まされてきたこの一年でありました。


共に祈りましょう。

主よ、年の終わりが近づく中で、今改めて、あなたが下さった希望を確認し、心機一転させられています。主よ、今改めて目を覚まさせてくださって、たるんでしまったこの体と魂をひきしめてください。








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