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2018. 12. 27  
昨日は祈祷会で今年の恵みを分かち合いましたが、私と同様に黙示録22章の「主よ、来てください」との祈りを大切にしているという姉妹と語らいました。

そして、主に早く来ていただくように、福音を伝えていかなきゃねと、励まし合いました。

神の国のグッドニュースが、全世界のあらゆる民に宣べ伝えられる。それから、終わりが来ると、イエス様は教えてくださいました(マタイ24:14)。

しかし、今は本当に福音伝道の難しい時代だなと、強く感じさせられたこの一年でもありました。

あれこれと工夫してみたのですが、手ごたえを感じられず、新来会者がなかなか与えられないなあ・・・というのが実感です。


先の姉妹は、「みんな神様を求めていない」とおっしゃいました。確かにそうかもしれません。

「正しい者は一人もいない」と嘆く詩編14篇に、こう言われています。

「主は天から人の子らを見渡し、探される。目覚めた人、神を求める人はいないか、と。」

神を求める人はいないか・・・?その結果は、ひとりもいない、ということです。

クリスチャンと自称している私たち自身、どうなのでしょう。私たちも含めて、ひとりもいない、と神は嘆いておられるのでしょう。


しばしば申し上げますが、「魂の飢え渇き」というのは、自覚症状がない場合が多いです。ほとんど、と言ってもいいかもしれない。

人の心はとらえがたく病んでいます(エレミヤ17:9)。それが名医である主の見立てです。

でも、私たちにはその自覚がない。自分の抱える病に気付かないというところに、罪人の罪人たる闇の深さがあります。

自覚症状がない。だから、治療を求めない。

なんとなく「飢え渇き」があるかな?と感じても、物質的に満たされていれば、紛れてしまう。

キリストの道を求めるなどという、面倒で、マイナーで、得体のしれないことはしたくない。そういう感じでしょうか。

でも、私は知っています。「魂の飢え渇き」が本当に癒されるとき、人は、自分の知らなかった新しい自分を発見することを。

自分もそうだったと思います。だから、この福音の喜びを、折の悪い時だって黙々と証ししていくまでです。


共に祈りましょう。

主よ、私を救ってくださったように、私の愛する家族や友人たちをお救い下さい。この町の方々をお救いください。罪の世界に毒されてしまった魂を、根源的に癒してください。あなたと共に生きる喜びと平安を満たしてください。
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