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2019. 02. 19  
ローマ書を一節ずつ読んでみる。今日は4:9-12を一気に読みます。

今日は、翻訳だけしてみて、明日また味わい直してみましょう。

<私訳>「では、その『幸いだ』という祝福は、割礼を受けたユダヤ人だけに向けられているのでしょうか。それとも、割礼のないすべての人にも向けられているのでしょうか。

私は繰り返して言いますが、『アブラハムに対しては、彼の信仰が義とみなされた』のです。

それではどんな状況の時に、そのようにみなされたのでしょうか。すでに割礼を受けた後でしょうか。それとも、割礼を受ける前でしょうか。

割礼を受けた後ではないですね。まだ割礼を受ける前だったじゃないですか。

まだ割礼は無くともすでに「信仰によって義とされている」ということの、認め印のようなものとして、後から、割礼という象徴的なしるしをいただいたのです。

こうしてアブラハムは、割礼は無くとも信仰をもっているすべての人々の父となったのです。それは、そういう人たちもまた義とみなされるようになるためです。

同時に彼は、まことの割礼のある者たちの父でもあります。

すなわち、単に割礼を受けているだけでなく、私たちの父アブラハムがまだ割礼を受けていなかった時からの、信仰の足跡に従って歩もうとする者たちにとって、彼は父なのです。」


共に祈りましょう。

あなたによって義としていただいて、愛され、子とされて生きるこの身の幸いを感謝します。今日も、義とされた私たちが、平安と喜びに生かされ、互いに愛し合うことができますように。悲しみや痛みを覚える方々に、イエス・キリストの憐れみがありますように。
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