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2019. 02. 28  
ローマ書を一節ずつ読んでみる。今日は4:15です。

<私訳>「というのは、律法は怒りを引き起こすものであり、律法のないところには、違反もありません。」


ここで言うところの「律法」とは、神様とのあいだでの「法的・条件的取り決め」という意味合いです。

神様からの「約束」は、まったくのご好意によるもので、そういう「取り決め」に基づくのではないということを昨日確認しました。

というのは、もしそういう「取り決め」であるならば、とてもじゃないですが、私たちはそれを満たせないからです。

神様の求められる敬虔のレベル、ないし道徳レベルは、だれひとり満たすことはできず、むしろ神様をいらだたせ、「怒り」を引き起こしてしまうのが関の山です。

私たちは、そういう意味で、自分自身を「義とする」ことが完全に不可能なのです。

自分で自分を救えない。その無力を認めることが、「罪人としての自覚」の鍵です。


共に祈りましょう。

主よ、あなたを怒らせ、悲しませている私たちの毎日を、御子の十字架のあがないゆえにお赦しください。私たちはあなたを満たすことはできませんが、どうか私たちの貧しい心をあなたの御心で満たしてくださって、あなた御自身の喜びとしてください。

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