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2019. 04. 10  
イザヤ53:1-3を分かち合います。昨日のように翻訳を見比べると、長くなってしまいますのでやめましょう。

新改訳2017が印象的だったので紹介します。

「私たちが聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕はだれに現れたか。彼は主の前に、ひこばえのように生え出た。砂漠の地から出た根のように。彼には見るべき姿も輝きもなく、私たちが慕うような見栄えもない。彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。」


苦難のしもべイエスには、「私たちが慕うような見栄え」がないと言われます。

「望ましい容姿もない」とも訳されます。今でいえば、イケメンじゃないということでしょうか。イケメンというだけで人気が出るのは、古今東西共通の人間の悲しさです。

あるいは「わたしたちが欲する威容もなかった」とも訳されます。強く威厳ある政治家を求める声は、今、世界中で高まっています。そのニーズには応えられない方なのです。


「悲しみの人で、病を知っていた」とあります。

「痛みの人」、「苦しみの人」とも訳されます。馴染みの新共同訳では「多くの痛みを負い、病を知っていた」とされています。

昨日、落語家がテレビで話していましたが、長く真打にあがれなかった時に覚えた悔しさや痛みが、自分の落語に深みを与えてくれた。

滑稽な登場人物たちのおかしみの裏にある、悲しみ、痛み、苦しみが理解できるようになった、ということだそうです。

十字架のイエス様は、地上に生きた誰よりも、悲しみの人であり、痛みの人、苦しみの人でありました。

そういう人として、私たちと共に生きることを選んでくださったのです。


共に祈りましょう。

主よ、我らの悲しみの時、あなたがそこに共にいてくださることを感謝します。あなたの知らない悲しみは無く、あなたの知らない痛みは無いことを感謝します。主よ、見栄えなきあなたを尊ぼうとしない、私たちの愚かさを砕いてください。
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