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2019. 04. 16  
主イエスの十字架の御苦しみを覚えて、受難週を過ごしています。

イザヤ53:7-9を分かち合いましょう。新改訳2017で引用します。

「彼は痛めつけられ、苦しんだ。だが、口を開かない。

屠(ほふ)り場に引かれていく羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。

虐げとさばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことか。彼が私の民の背きのゆえに打たれ、生ける者の地から絶たれたのだと。

彼の墓は、悪者どもとともに、富む者とともに、その死の時に設けられた。彼は不法を働かず、その口にあざむきはなかったが。」


主日礼拝ではルカ福音書の受難物語を分ち合ってきましたが、十字架刑を決する裁判の席において、一言も発せられないイエス様のお姿が印象的でした。

それは、このイザヤ書の預言のとおりです。

神殿礼拝では、人間の罪を償ういけにえとして、羊が屠(ほふ)られました。羊たちは、そのさだめも知らず、抵抗もできず、当然声を発することもできませんでした。

イエス様は、御自身の犠牲の死をもって、その神殿祭儀をおしまいにされました。

この方こそ、私たちの罪の赦しのためにささげられる「神の小羊(ヨハネ1:29)」であって、最後の、完全なるいけにえです。

イエス様は、羊たちと違って、御自身のさだめを知っておられました。抵抗もできました。言葉を発することもできました。

でも、あえてそれをしないで、自らの明確な意志において、十字架にかかってくださったのです。

それは、私たちの神への「背き」のゆえでした。


共に祈りましょう。

「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」。主よ、あなたに死んでいただかねばならなかった、私たちの背きを思います。今週の歩みの中で、いよいよ深く自らの罪を知り、赦されて生きることの意味を知ることができますように。
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