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2019. 04. 17  
受難週を「苦難のしもべの歌」と共に過ごしています。今日はイザヤ53:10です。フランシスコ会訳でお届けします。

「主は彼を病苦で打ち砕こうと望まれた。もし彼が、自らを賠償の献げ物とするなら、彼は末永く子孫を見るだろう。主の望みは、彼の手によって成し遂げられる。」


「賠償の献げ物」とは、レビ記5:14-19(旧約p168)に詳しく記載されています。

「過ちを犯し、禁じられている主の戒めを一つでも破った場合には、それを知らなくとも責めを負い、罰を負う」という厳しい法があります。

その刑罰を逃れるための賠償として、「相当額の無傷の雄羊」を神殿にいる祭司のところに連れて行き、「賠償の献げ物」とする必要がありました。

そうして祭司がそれを屠(ほふ)って、その人が過って犯した過失を贖う儀式を行うと、彼の罪は赦され、神様に対して賠償が済んだと見なされたのです。

こういう神殿祭儀が、イエス・キリストの十字架の贖いの背景にあります。

羊を殺すなんて、そんなかわいそうなことを・・・とおっしゃる方もいます。

ドクドクと血を流しながら絶命していく羊を想像するのは、あまりに痛ましいです。

でも、私たちが神に対して犯している過失を償うには、そのような「命」をもっての賠償が必要でした。

それは本来、私たち自身の「命」で賠償するべきなのでした。でもその身代わりに、羊に死んでもらったということです。

今はもう、そういう羊の犠牲は必要ありません。

イエス・キリストの「命」による賠償によって、完全に最終的に、罪の償いがなされたからです。そうして私たちに、赦しが与えられたのです。


共に祈りましょう。

主よ、あなたは私たちを愛してくださって、ご自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいて、永遠より選んでくださいました。そのように、あなたが望んでくださったことを感謝します。

どうぞあなたの御心に従って、今日の私たちの生活を罪からきよめ、神の子として整えてください。


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