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2019. 05. 17  
ヘブライ12:1を思い巡らし、次主日の説教に備えましょう。今日は「忍耐」ということを覚えます。

「自分に定められている競走を『忍耐』強く走り抜こうではありませんか」と、熱く励まされています。

これは、10:36に対応しています。「神の御心を行って約束されたものを受けるためには、『忍耐』が必要なのです。」

そして、後の12:2,3を見ますと、イエス様もまた「忍耐」されたと書かれています。

「十字架の死を耐え忍び」「罪人たちの反抗を忍耐された」とあるのがそうです。

この主のお姿にならい、あなたたちも忍耐しなさいというのが、12:1-3の教えの主旨です。

「忍耐する(ヒポメノー)」それは、「~の下に(ヒポ)」と「とどまる(メノー)」という組み合わせによる言葉です。

どこに踏みとどまるのでしょう?

それは、永遠の命の希望の下にでしょう。天の都に導くという神の約束の下にでしょう。そして、神は必ずすべてをよく備えて下さるという信頼の下にでしょう。

聖書の言葉遣いにおいて「忍耐」とはそのように、まだ見ぬ希望の未来を「信じる」ことと、神への人格的「信頼」と表裏一体です。

だからヘブライ11章では、そういう「信仰」に生きた偉大な先人たちの歴史を振り返るのです。

それは、彼らの信仰を守りつづけ、希望に踏みとどまらせてくださった、神の恵みによる導きの歴史でもあります。

私たちは、彼らのような激しい信仰の生涯ではないかもしれない。でも負い目を覚えなくていい。私たちには、「私たちに定められた競走」があります。

それを、最後まで走り抜くこと。どんなに時間がかかってもいい。休憩したっていい。途中で倒れたり、道を外れることがあるかもしれない。

でも最後まで、みんなで最後まで、走り抜きたい。今は見えないけど、ゴールには果てしない喜びがあるからです。

神は必ず、そこまで「忍耐」させてくださいます。


共に祈りましょう。

主よ、今日もでこぼこ道を走っていきます。どうか、くじけてしまわないように、どんな時も、希望に踏みとどまる力をください。主よどうか、信仰を失ってしまうほどの試練にあわせず、むしろ、苦悩の中で、あなたを近くに覚えることができますように。


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