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2019. 08. 06  
先の主日は、創世記28章の「ヤコブのはしご」の記事から御言葉をいただきました。

兄をだましたがゆえに、命の危険を覚え、追われるように故郷を旅立ったヤコブです。

そうして歩き疲れ、かたい石を枕にして、初めての荒れ野の夜を過ごすことになりました。

それはヤコブが味わう、初めての孤独と挫折の夜でした。

切なく胸に迫る夕焼です。そして日が沈み、闇の支配が始まることの恐怖・・。

闇の深さに呑み込まれていくような、未体験の不安と恐怖の中で彼は横たわったのです。かたい石を枕にして。

しかしそういう時に、彼は夢を通して、神からの語りかけを聞きました。

12節。彼が見た夢は、「先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の使いたちがそれを上ったり下りたりしていた」というものです。

おもしろいですね、「地に向かって」伸びてきているのです。

最新の翻訳だと、ちょっと傾向が違って、「地に立てられ・据えられ」と訳していますから、何か文法上の発見があったのかもしれません。

不勉強をお許しください。私の今のヘブライ語知識では、ここは「地に向かって」と、方向性を示す言葉遣いになっています。

続く13節も、新共同訳では「見よ、主が傍らに立って言われた」とありますが、新改訳2017では、「主が(はしごの)上に立って言われた」とあります。

これも、どちらも可能だと思います。

ただ文脈からすると、神のほうから、天より「地に向かって」階段を下り、孤独と失意のヤコブをたずねてくださったと言う風に、私は理解します。

後日、解釈が変更する可能性もありますが、ご容赦ください。

でも、旧約の預言書、ホセア書12:5にも「神はベテルで彼(ヤコブ)を見いだし、そこで彼と語られた」とあります。

「見出す」という言葉は、「見つけ出す」という含みの語です。

ヤコブは神を探していなかったのに、神の方から探して見つけてくださり、近づいてくださった。あのザアカイの時と同じように!

それが、福音のパターンだと思います。聖なるワンパターンです。

不安と恐怖に震える、迷子の羊を探し出すように、ダメなヤコブを見つけて、語り合ってくださった。

それが、神の民イスラエルの原点にあるストーリーなのです。


共に祈りましょう。

主よ、今日もあなたの恵みを、地に向かって、このダメな私たちに向かって注いでください。今、挫折と失意にある者たちが、あなたとの出会いによって立ち上がる力を得ますように。

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