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2019. 08. 09  
次の主日は、ウェストミンスター信仰告白23章にある「合法的な戦争」という言葉をよく吟味し、聖書にある平和の教えを改めて受け取り直したいと願っています。

今日でもキリスト者が主流を形成する国、例えば韓国などではウ告白23章に基づく理解において、キリスト者が兵役に就くことがなされています。

非戦論・絶対平和主義というのは、キリスト教世界にあって、極めて少数派であると言うのが現実です。

ただ私は、日本という特殊な歴史を与えられた国のキリスト者として、またこの国にあって極めてマイノリティーな存在として、ナイーブなまでの平和主義にこだわり、声を上げ続けることの意味を大切に思っています。


問題は、「合法的な戦争」という言葉が独り歩きして、正戦論さらには聖戦論がまかりとおることです。

P.C.クレイギが「聖書と戦争 旧約聖書における戦争の問題」という本の中で言っていますが、

『正義の戦い(Just War)』という言葉は本来、ある戦いが「正義」にもとづいて行われるということをそれほど強く主張しているわけではなく、むしろその戦いが「正当化される」可能性があるというていどのことを主張しているにすぎないものです。

このあたりの微妙な違いを、よく考えたいと思います。

平和の君であるキリストが到来された後の、新約時代を生きる私たちは、

「この戦いは正義だ!」と主張する者の怪しさを、いつでも鋭く見抜かねばなりません。


共に祈りましょう。

主よ、この罪の世にあって戦いが避けられないものなのかもしれません。そこにこそ、私たちの罪が現れているのかもしれません。主よ、この罪を赦し、きよめてください。あなたにしか、人間をきよめることはできません。

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