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2019. 10. 10  
次主日はローマ1:16-17を分かち合いますが、鍵になるのは「神の義」という言葉です。

「福音には神の義が啓示されている」と言われています。

これはとても意味領域の広い語で、どうにも翻訳しきれないので、あいまいなまま「義」という言葉で残してあるのだと思います。

聖書に独特の言葉遣いで、だれもが分かっているようで本当はよく分かっていない・・、そういう言葉かもしれません。

パウロはユダヤ人なので、彼の根本的な思想は、旧約聖書の教えに基いています。

旧約聖書の言葉遣いによれば、この「義(=ヘブライ語でツェデク、ツェダカー)」というのは、「救い、慈しみ、まこと」などという言葉と、並行的・同義的に用いられたりします。

例えば、詩編98:2-3「主は“救い”を示し、“恵みの御業”を諸国の民の目に現わし、イスラエルの家に対する“慈しみ”と“まこと”を御心に留められた。」

ここで、「恵みの御業」と訳されているのが「義:ツェダカー」です。

新共同訳では、旧約聖書のほとんど(確か、詩編では全部)で、「恵みの御業」と訳されています。

そういうことから考えて、ローマ1:17の「神の義」とは、ほとんど「神の救い」と言ってもよいと考える人もいます。

「神の慈悲、慈愛」と訳すことを提案する人もいます。

以前に私が試訳したときに、この「神の義」とは「罪に歪んでしまった世界をまっすぐに回復しようとなさる神の責任感」と、試みに定義してみましたのは、そういう理解に基づくものです。


共に祈りましょう。

主よ、福音に啓示されているあなたの義を知ることに比べたら、誰がどうしたこうしたとか、私たちがこの愚かな現実においてこだわっている一切は、実にくだらん、どうでもいいと思えてきました。主よ、あなたのツェダカーを、もっと広く深く教えてください。この魂を、永遠の高みに引き上げてください。
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